髙橋 拓也さん(1988年生まれ)
オーストラリア、ニュージーランド、東ティモール、インドネシア…、国を巡るなかで見えてきたのは、「世界のカラフルさでしょうか」。多様な人たちと暮らし、様々な考え方、まさに「価値観の多様性」を肌で感じ、その感覚がいまにつながっている。
「思いついたことは全てやってみたい。先ず行動する、これですね」。十日町南中時代、陸上100㍍に取り組み、練習で自己ベストを次々更新。「その年の全中は北海道だったんです。ウニ丼が食べたい、これは全国だと、そこからエンジンがかかったんです」。
全国への壁は高く叶わなかったが、努力が認められ、スポーツ推薦で東京学館新潟高校へ。陸上に集中し始めた1年生の10月、あの中越地震が発生。「なにがきっかけだったのか自分でも分からないんですが、やる気がなくなってしまったんです」。
陸上をやめ、自分と向き合った。「何か目標を持たないとダメなたちなんで、『やりたいことノート』を作り、かたっぱしから制覇していきました」。
スキューバ免許取得、アメフト、ボクシングなどやりたいことでノートが埋まっていった。資金はアルバイトで稼いだ。「高校2年の時、国内を一人旅し、次は世界一周だと思ったんです」。そのためには英語が必要と高卒後、都内の語学系大学へ進んだ。だが、「日本にいたって話せないと思って、その年に大学を辞めました」。
その時19歳。ワーキングホリデーでオーストラリアへ行き、地元の人との交流で英語を習得。自然を求めニュージーランドにも行った。外国の生活で自分の中の価値観も変わってきた。「当たり前のことですが、実際に外国の地で暮らし、人と交わり、自分の世界観がカラフルになりましたね」。目標の世界一周が見えて来たなか、オーストラリアに7ヵ月滞在し、東ティモール、インドネシアを巡る。そしてバリ島で今につながる「ヨガ」と出会った。
心と身体に向き合うヨガ。その瞑想の素晴らしさと神秘性に魅かれ、本格的な習得のために帰国。都内で集中的に学び、指導できるまでになり講師に。15年間勤める。外国人受講生も多く、習得した英語が役立った。ヨガ教室のPRデザインや映像編集、ユーチューブ運営なども独学で習得し担当。「やっぱり自然が良い」と今年3月、十日町に戻る。
だが、すぐに動きだした。マイカーを改修し日本一周の旅に出発。「3ヵ月余りで47都道府県を巡りました。楽しかったですねぇ~」。十日町に帰り、出会いが待っていた。「ヨガの生徒だった横浜の方が十日町に移住してたんです。すごい偶然ですよね。その方に太鼓に誘われたんです」。
高校時代のバンド活動でドラムをやり、ニュージーランドでは打楽器ジャンベを経験。「誘われたら、なんでもトライなんです」。
十日町大太鼓『雪花会』に入り、直径3㍍余のビッグな太鼓を、野球バットより重いばち2本で叩く。「音が跳ね、全身に響いてすごいんです。はじめはメンバー3人位だったんですが、誘い合って今では子ども含め16人のメンバーで取り組んでいます」。早3ヵ月、すっかり板についている。
人と人とのつながりが自分の成長になっていると考える。「南中時代の陸上部後輩とも偶然再会し、それをきっかけに仕事をいただいて、人とのつながりもグンっと増え、仕事の幅もがりました」、「映像クリエイターも太鼓も、人と繋がるツールです」。映像企画・編集やユーチューブ運営代行など、県内外からも依頼の声がかかる。
「十日町市で出会った人と楽しく仕事をしながら、そこからさらに全国、そして世界へと視野を広げていけたらと考えています」、「ココで暮らしながら世界と仕事をする…こんな暮らしができたらステキですよね。出会い、大切にしたいです」。
▼バトンタッチします
雲野誠さん