「心を置き去りにしてしまった」

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社説

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 ナスカの地上絵やマチュピチュ遺跡など南米アンデスを探検した写真家・星野道夫さんが随想で紹介している。「標高が高い地に荷物を運ぶために雇った現地のシェルパが、ある日、ストライキを起した。報酬を弾むと言っても動かない」。なぜ? 星野さんは理由を尋ねた。
 返ってきた言葉にぐっと胸を締め付けられ、心を鷲掴みにされた星野さん。『私たちは、ここまで速く歩き過ぎ、心を置き去りにして来てしまった。心が追いつくまで、しばらくここで待っているのです』。
 ネット社会は居ながらにして世界に通じ、居ながらにして他人の動きまで見ることができ、自分も監視されている。24時間、立ち止まる自由すら失っている現代社会。利便性を最優先するあまり、人の社会から余裕を奪い、ちょっとした言葉の齟齬から分断を生み、強者による強者の社会を作り上げ、弱者は命までも奪い取られる世界は異様であり、異常を通り越し、狂気の時代に陥っている感すらする。
 台湾から日本に人が渡来したという史実を、身を以って明らかにした関野吉晴さん。医師であり、探検家であり、作家でもある。縄文研究でも明らかになっている、石斧で巨木を倒し、くり抜いて丸木舟を作る、ここまで2年かかる。その丸木舟を使い、黒潮に乗って北上。なんとか沖縄諸島にたどり着いた、そんな新聞報道があった。
 時代、時代には先駆者がいる。いま、その「先駆者」はAIである。過去の膨大なデータを基に、これからの時間の中で起こるであろう事態を予測する。あたかも未来予測の様だが、実態は過去データでしかない。だがネット社会では、それが間違いない近い将来予測となり、それを盲信している。
 もう後戻りできない、そんな現実社会に我々は居る、のだろうか。いや、大きな忘れ物をしていることに気づくべきだろう。それは…。

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