心揺さぶられる「二十歳の言葉」

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社説

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 我が身を考えた。二十歳の時だ。この紙面に載る「二十歳の言葉」をフィードバックし、あの日、あの時を思い起こしても、蘇るのはアウトサイダーな自分だ。お膳立てされた成人式に出て、なんになるのか、そんな自分がそこに居た。成人式の出欠ハガキを親に転送してもらい、結局、出さずじまいだったあの日。青臭い、甘っちょろい、ささくれ立った、ささやかなアンチテーゼだったのだろう、いま思うと。
 社会人2年目、『学ぶ』ことは多いだろう。勤務する職場の先輩、皆わが師だろう。このひと言に、すべてが込められている。『挑戦』もその通りだ。齢を重ねても、つねに挑む気持ちが求められ、それがエネルギーになっている自分を、この言葉が鼓舞してくれる。『オレの生き様』は決意表明か。バスケットで「食っていく」ことをあえて口にし、さらに自分を鍛えるために16歳で東京へ引っ越し、通信制高校に転入し、実業団チームの下部組織に入り、プロをめざす思いを抱くも、生き様を求め、経営学を学ぶ道へ。いま「人生は一度きり」が、自分を動かすエネルギーになっている。
 『好きの追求』は、幼少期から好きな絵を通じて、さらにクリエイトな分野へとの自分を導く魔法の言葉だ。古来より、好きこそものの上手なれ、という。その好きを貫く自分を、追求する自分が俯瞰し、創造という世界へと導いてくれる言葉だ。『思うは招く』は、本当にそうだなぁと実感する。良いことも悪いことも、どう思うかによって結果は変わる…。だが、現実は思いと裏腹の場合が多いが、この言葉も事態を変えるマジック・ワードなのだろう。
 あの日、あの時から数十年、早や終活の言葉が脳裏に浮かぶ年代に入ったが、「二十歳の言葉」に心を揺さぶられる。この感覚が我が身を鼓舞するエネルギーなのだろう。二十歳を迎えた人たち、ひとり一人に「言葉」がある。

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