Category

妻有新聞掲載記事一覧

  • 「キツさ」が魅力、全国850人駆ける

    第17回ツールド妻有

    中里中学生も初ボランティア参加

     〇…北は岩手、西は岡山から10~70代の男女850人余が妻有路を駆けた。「走る大地の芸術祭」といわれ、河岸段丘地形や中山間地を走るため獲得標高2千㍍余の傾斜のあるキツいコースが好評の「第17回ツールド妻有」は25日、ミオンなかさとを発着点に開催。おそろいの黄色いジャージを身に付けた選手たちが面積約760㌔平方㍍の妻有地域を巡る自転車大会。

    2024年8月31日号

  • 「棚田」学ぶ、高校生交流も

    探究学習10年間プロジェクト始動

    早稲田大学 高等学院

     農林水産省「繋ぐ棚田遺産」に、全国最多14地区の棚田が認定を受ける十日町市。谷あいの傾斜地に広がる棚田は観光人気はあるが、耕作放棄地が増えているのが現実。この「棚田」を探究学習素材に、松代地域と40年余の交流がある早稲田大学系列の早稲田大学高等学院の「棚田フィールドワーク」が始動。今月26~28日は、松苧ドーミトリィ(木戸一之代表)を拠点に現地学習。10年間継続プロジェクトで、地元松代高校生との交流も実施。都市部と中山間地の高校生交流は継続し行う。都市と里山の若者を巻き込む、新たな棚田交流に関心が集まっている。

    2024年8月31日号

  • 光から音へ「感じるアート」

    ウォルフガング・ギルさん(1983年生まれ)

     生まれた街は、いつもアートで彩られていた。南米北部ベネズエラの首都カラカス生まれ。原体験の延長に今がある。光で空間をアート展開し、光から音へと進化し、「感じる」アートに取り組むウォルフガング・ギルさん(40)。
     先週の金曜23日、昨年8月から暮らす十日町市下条に『ホンク・ツイート美術館』と『カフェ』を開いた。『音楽彫刻家』と名刺にあるギルさん。ニューヨークから知人を頼り家族3人で移り住んだ。
     「自然とアートが共存している素晴らしい妻有に、すぐに恋に落ち、移住を決めた」。

     カラカスのメトロポリタン大学でシステム工学学士号を取得し、銀行に就職したが6ヵ月で退職。「エンジニアの業務や計算は好きだったが、オフィスの環境が合わなかった」。生まれ育った
    アート環境が、自分の中で動き出すのを感じた。
     光の直進性、その屈折や色の錯綜感に魅かれた。「数学的、理学的で光と色を計算し、アート表現しているカルロス・クルス=ディエスに魅かれ、自分と同じ価値観を感じた」。自宅ガレージで光によるアート実験を重ねながら、この道への思いを強くした。友人から「アーティストになるならニューヨークに行ったほうがいい」と勧められ、25歳で渡米。「家族には語学学校に行って戻ってくると言って、そのまま美術大学院に入ったんだ」。
     この語学学校で運命的な出会い。2008年、学生だった愛里さんと会う。「出会ってすぐ魅かれ合い、2週間後には学校の寮で一緒に暮らし、今に至ります」。「私はやりたいことが多くあり、愛里はいつも側で応援してくれている。愛里は家族であり、友人であり、パートナーであり、そして最大の協力者だよ」。
     ニューヨーク・ブルックリン大学院を卒業後、アートの関心は『音・サウンド』に向かう。「音はそもそも周波数で表され、周波数が高いほど高音に、低いほど低音になるなど数学と深く関わっている」。
     だが、「音は目に見えず、理解してくれる人は少なかった」。問題解決のため『音の形』を追い求め、視覚化に取り組んだ分野が音響彫刻。「音は目に見えなくても空間を満たし、彩を与えたり、分割したり、さまざまな姿を見せてくれるが、金属やガラス、プラスチックなど変容性のある素材を使って作った彫刻を振動させることで、さらに音の変化を楽しむことができ、場所や空間自体を作品にできる」。

     日本へ、妻有へ向かう転機は、愛里さんの妊娠だった。「仕事も安定してきたので、出産のため一緒に日本に一時帰国したんだ。その時、知人に大地の芸術祭を教えてもらって」。昨年2月、妻有初訪問。「ここ妻有の地に、すぐに恋に落ち、移住を決めたよ」。
     今月23日開設の『ホンク・ツイート美術館』。ホンクは車のクラクション、ツイートは鳥のさえずり音を意識し名付けた。「私はニューヨークのコーヒーも好きで、どうしてもそれが飲みたくて、オーストラリアからイタリア製のエスプレッソ・マシンを購入してきた。税関で止められた時はひやひやしたね。ここで、おいしいコーヒーを飲みながらアートや窓から見える自然を楽しんで欲しいね」。
     ギルさんの思いはさらに広がる。「美術館を拠点に、多くの人が集まる場になって欲しい。アー
    トを楽しむバーや音楽を楽しむクラブなどもしたい」、「何かを表現したい人の教育の場も作りたいし、山の中に倉庫を借りてアートスペースをもっと作りたい」と話す。
     さらに、「アートをめざしてきたが、エンジニア大学で学んだ方法論が今も生きている。方法論があるおかげで夢だけで終わらず、叶えるための行動や方向性を導き出している。すべて繋がっているよ。面白い」。

    ▼バトンタッチします。
     春日彩音さん
        
     『ホンク・ツイート美術館』=水曜~日曜午前8時~午後5時開館。十日町市下条4丁目489番地1。今後バー経営も検討している。インスタグラム@thehonktweetcafe

    2024年8月31日号

  • コクる、レベチも、セカチューも、マグルも知らない

    世代間ギャップ、どうするジジババ

    長谷川 好文 (秋山郷山房もっきりや)

     昔になるが、山口県の友人と広島県尾道で落ち合い瀬戸内海に浮かぶ小さな島を訪ねた。その時、尾道で居酒屋に入って久しぶりに思い出話に花を咲かせていた。
     酔った勢いで若いアルバイトのお姉さんに「あの、寅次郎って知ってる」と余計なことを聞いた事があった。思えば失礼な話だが、お姉さんは「しらない」と答えた。おどろいて「男はつらいよのフーテンの寅だよ」と聞き直したが、やはり知らないという。
     少しおどろいた。今時の人は常識がないなと感じながらホテルに帰った。いま思うとあれは知っていても答えるのが面倒で知らない人と関わりたくないと云うことだと気がつくのだが、ジジババが入った今の私は逆に若い人の常識的な知識がまったくわからない。
     飲み屋に座って隣から聞こえてくる(レベチもコクるもセカチューもマグルも)分からない。オタクというのは分かるが、そこから進化した新しい言葉が分からない。オタクという人たちが話す漫画の名前も鉄腕アトムやウルトラマンあたりまでは分かるが、逆に「おじいさん レベチって分かる」と聞かれたら答えようがない。
     事ほどさように時代の変化を実感することになる。「勉強してなかったからな〜」。
     もっとも私の若かった時、夢中になって覚えたこむずかしい知識などは、今の多くの人にとっては関心がなく、急速に進む時代に取り残されているのは、ジジババが入った私だったのかと感じてしまった。
     夢中になって競争するように覚え読んだのだがそれら作家の名前や作品、映像の記憶や美術館で見た絵画などは、今の人達にとってはどうでもよいことで、それを大切に知識や常識だと思っている私がすでに無知識、非常識なのだと感じるようになった。
     パソコンやスマホの知識だって、今時の小学生より劣っている。こうして時代は進んで行き、ページがめくられて高齢者たちは別人格としてくくられていくのだろう。
     もっとも時代が進んで若者に私と同じようなジジババが入ってくるときに、ページがめくられて終わった人たちとして、ひとかたまりにくくられて行く。
     世代間のギャップは常時更新されて行くのは当たり前のことで、そうなると今のジジババたちは旧世代人として、より古いものを抱え込んでいくしかないのだろう。
     面白いもので私の親の世代も自動車が身近になっておどろき、各家庭に電話がひけておどろき、パソコンの出現におどろきしたのだ。
     ただ残念なのはノーベル文学賞の川端康成も大江健三郎も知識として残るだけで、文体もその生き方も記憶の外にはみ出して行ってしまうことだ。
     おもえばずいぶんと呑気な時代を過ごさせてもらった。私としてはコクる、レベチ、セカチューも知らない世代の中に耽溺して平和な時代が続くことを願いつつ、死神が脇に立って「お前の番だよ」と告げられて、最後の時を迎えた方がストレスがなくて十分幸せということだと思い至った。 池波正太郎やつげ義春や海音寺潮五郎の小説本を引っ張り出して、老眼鏡を杖に、その時まで酒もタバコも再開して生きてやるしかないだろう。
     ときに「コクる」は告白することだって!

    2024年8月31日号

  • 常緑のスゲ

    中沢 英正(県自然観察保護員)

     苗場山麓で見られる常緑のスゲは、ホソバカンスゲ、ヒメカンスゲ、ヒロバスゲなど7種ほどある。
     花期は春から初夏にかけてで、どれもよく似た地味な花を咲かせる。葉は線形で、幅に違いはあるものの見分けるのが面倒くさい。
     こんな厄介なスゲの中からそれぞれの特性を見極め、暮らしに取り入れられてきたものがある。
     ミヤマカンスゲ(ヒロロ、写真左)の葉は軽くて丈夫、水をはじく性質から、雪や雨時の雨具であるミノの材料とした。採取時期は新葉が程よく成長した8月から秋の彼岸ころとされた。この地域ではよく見かけ、沢沿いなどの少し湿った所で群生していることが多い。
     コシノホンモンジスゲ(タツノケ、写真右)の葉も水に強い性質から、旦那衆の雨具であるケミノの材料となった。採取時期は7月下旬から8月上旬である。日当たりのいい雑木林の斜面などで見かける。
     自然と向き合ってきた先人の見識からは学ぶべき事ばかりだ。

    2024年8月31日号

  • 俳句が豊かな人生の一助に

    小川信子さん、今も長岡に勉強通い

     好きな句がある。いま勉強のために月1回通っている長岡市・安浄寺の安原葉住職の句。
     比叡に向き修す一人の西虚子忌
     妻有俳壇の選者・小川信子さん(78、雅号のぶこ)。「安原先生は句集を出していて胸を打つ作品がいっぱいあります。この句は高浜虚子の句に自分の歩むべき道を諭された句だと聞いています。なるほどと思います」。

    2024年8月31日号

  • 月額34万円と月額12万9千円

     十日町市議会と栄村議会で議員報酬を模索する動きが同時進行している。人口4万7470人(1万9423世帯)の市、1584人(782世帯)の村では「比較にならない」、そんな声が聞こえる。十日町市の議員報酬月額30万円、栄村議員12万9千円。「数字の比較は無理がある」、当然の声が聞こえる。
     だが、議員活動はその自治体の大小、人口の多少に関係なく「議会・議員の活動」。報酬は「議員活動の質」が問われる。極論と言われるが、市町村議員の報酬を規定する根拠は極めて不明瞭であり、換言すれば「報酬額は自由裁量」となる。
     十日町市の議会改革特別委員会は、来年4月改選の議員報酬を現額4万円アップの月額34万円に改定する方針を固めた。その根拠理由にあげているのが「29年間据え置いている」「市行政課長級を基準」など報酬引上げの理由を列挙している。
     この理由を考えたい。据え置き29年間は、その時々の市議の判断であり、長期間の据え置きは引上げ理由にならない。課長級という。市行政職員の課長職に就くまでの苦節の歳月と、市議の在任期間はどう考えても同列に論じられない。議員報酬の引き上げが必要と、時の議会・議員が判断するなら、堂々と議員提案で本会議審議し、採決すればよい、それだけの事だ。
     長野県最下位の議員報酬の栄村議会。人口は十日町市の3%余。同列に論じるのは無謀、と大声が聞こえるが、議員活動は同じ。そこに暮らす住民と向き合う議員活動そのものは同列。責務、住民付託は同じ重さを持つ。市議会と村議会、同じ議会だ。いや、より身近な活動を求められる村議会、住民との距離感は相当近い。当然、議員活動は幅広く、深く、住民要望は公私にわたる。
     その命題、「議員報酬とは」。ますます疑問符が膨らむ。

    2024年8月31日号

  • 白根の「梨」栽培、津南企業が後押し

    旭商事の果樹園・旭ファーム

    耕作放棄地を継承・拡大、中村兄弟の挑戦

     「故郷の果樹園を守りながら、全国に喜ばれる旬のナシ(梨)を作りたい」。津南町の卸売会社・旭商事(藤ノ木正人社長)が所有する新潟・白根生まれの果樹園「旭ファーム」(新潟市南区大郷)を運営する中村孝志さん(38)、大志(だいし、29)さん兄弟は、日に焼けて真っ黒な顔から白い歯を見せた。来月11日は旭ファームで行う初めての梨狩りツアーがあり「収穫したての梨を味わってほしい」と出迎えるつもりだ。

    2024年8月24日号

  • 「戻ってきて良かった。これが実感。家族のおかげ」

    綱 大介さん(1982年生まれ)

     暮らす地を転々と動き、たどり着いたのは生まれた地だった。十日町市下条・上新田の三代続く専業農家を継いだ綱大介さん(42)。結婚17年のパートナーで農業初心者ながら次々とアイデアを創出する優子さん(39)と「ツナファーム」を3年前に立上げ、家族営農で水田10㌶で魚沼産コシヒカリや新之助などを栽培し、20㌃でサツマイモを営農する。「いつかは…と思っていました。決断できたのは妻のおかげですね」。

     高校進学から地元を離れ柏崎市・新潟産業付属高校で学ぶ。卒業後、堀之内で土木業や小千谷市の山田鉄筋で業務をし、ひなの宿ちとせ旅館では仲居業など、多種多様な業務を経験。18年前、高校の友人紹介で柏崎市出身の優子さんと出会う。「出会った頃は突き放されていたので逆に燃えましたね」。大介さんの猛アタックで2007年10月に結婚。ふたりで話し、「ちょっと雪から離れた所で暮らしたい」と静岡・浜松市へ転居。この地で長女を授かり、2年間ほど暮らす。雪のない地での暮らしの中で、「なんとなくなんですが…十日町に帰った方がいいのかなぁ…と思ったんですが…」。次の転居先は十日町を通り越した新潟市だった。その地で電気関係業で働きながら4年ほど暮らす。
     それは、突然やって来た。
     「父の腰の具合が悪いって母から電話がありました。そろそろ帰るか…でしたね。6年間の長い新婚旅行でした」。2014年、生まれた地、下条上新田に帰った。いつかは…と考えていた農業と向き合う日々が始まる。
     やるからにはと、両親の元で農業を学び3年前夫婦で継ぎ「ツナファーム」と名付けた。水稲を主体に魚沼コシヒカリ、新之助などブランド米を手がけ、需要が多いこがねもちも生産。さらにサツマイモなど野菜栽培にも家族で取り組む。
     農業初心者の優子さんの農業への関心の高さが大介さんのやる気を倍増させている。「お米ってこんな風にできているんだと喜び、こんな美味しいお米を食べたのは初めて、と言ってくれて嬉しかったですね」。
     優子さんの新鮮な感度が営農にも大いに役立っている。ツナファームの農産物でネット販売に乗り出し、事業名刺も作成し、交友関係を広げている。「自分だけだったら、これまで通りの農業だったでしょうね。ネット販売など思いつかなかったし、ネット購入の消費者から生の声も聞けて、大きな励みになっています。新しい視点での農業になり、妻には本当に感謝です」。

     家族営農のツナファーム。小学、高校生の娘3人の存在が、新たな交友関係を広げている。「自分が小さい頃に参加していた子ども会キャンプなど、今度は自分が運営する側になって、なんだか不思議な感じですね。地域の大切なつながりになり、地域で子どもたちを育てるという、ありがたみを感じますね」。 下条小でサツマイモや米づくりなどを教え、市内で開設の子ども食堂にもいち早く関わり、米など地元食材を提供している。「子どもが喜んでくれる姿を見ると嬉しくなりますね」。

     雪を嫌って県外に転居したが、いまは雪の恵みを感じている。美味い米、野菜ができるのも雪のおかげと。冬期間はガーラ湯沢に勤務。「あんなに雪が嫌だと思っていたのに、我が子のスキー授業に合わせ、スノーボードを始めました。ボードも買っちゃって、いまでは家族で雪が待ち遠しいくらいです」。さらに「雪のおかげで、美味しいお米もでき、雪があるからこその農業だと感謝しています」。
     暮らす地を転々としながら見つけ出した『ふるさとの良さ』。「戻ってきて良かった、これが実感ですね。妻のおかげ、子どもたちのおかげ、それに家族同然の愛犬まめたのおかげですね」。

    ▼バトンタッチします
     ウォルフガング・ギル さん

    2024年8月24日号

  • 食後8時間後、歯にプラークが

    30歳以上の成人の約80%が歯周病に

    Vol 104

     「1㍉㌘中におよそ400~700種類、10億~1000億以上の細菌が存在して、あなたの健康を損なう危険性を作ります」。これは何を説明していると思いますか?
     これは「プラーク」のことです。あなたの口の中に残った食べカスは食後8時間もすると、細菌が繁殖して歯の表面にまるでラップをかけたようにへばりつきプラークになります。プラークがへばりついてしまうと、うがい薬やマウスウォッシュではプラークの内部まで浸透することはできず、歯間ブラシや歯ブラシによって物理的にはがすしか手がありません。
     さらに2014年にライオン㈱が行った調査によると、歯磨きなどで磨き残したプラークは一般に7割もあるといわれています。
     プラークが石灰化してできる硬い塊が「歯石」。歯石になったプラークの中の細菌はだんだん数が増え、しかも歯石の中は酸素が少ないために酸素を嫌って育つ嫌気性菌が増えていきます。そこで増えた嫌気性菌が作り出す毒素によって、歯を支えている骨がダメージを受け、溶けてなくなっていくのが歯周病です。そして嫌気性菌が発生するガスが口臭になります。
     私は乳歯から永久歯に生え変わる時に上の歯が前歯2本以外しばらく生えてこず、ビーバーのようでした。あまりに長い間生えてこないので口腔外科を受診して手術をし、そこから5年近く歯科矯正をしました。今から30年以上前、歯科矯正は保険ではできなかったため、相当なお金を親は私の歯にかけてくれていたのだと思います。
     なので、歯は一生大事にしようと思い、とても大事にしていたつもりでした。でも、歯科矯正を終えてからは虫歯もできず歯のことで不具合が無かったために歯医者には通っていませんでした。
     娘が生まれて3歳半健診。なんと健診の中に親子歯科検診があり、そこで「歯石がたまっている! 歯石は歯周病の原因ですからね!」とその時の担当の先生に厳しく言われて背中がゾーッとし、慌てて歯科に駆け込みました。なぜ、ゾーッとしたかというと、このまま放っておくとお金を賭けた歯が無くなってしまうかもという恐怖と、歯周病になれば様々な健康被害が出ることを知っていたからです。
     厚生労働省の平成23年歯科疾患実態調査によると、30歳以上の成人の約80%が歯周病になっているともいわれています。歯周病は「サイレントディジーズ:静かなる病気」ともいわれ、重症化するまでは自覚症状がないまま慢性的な炎症が持続します。
     炎症が持続することにより、全身にさまざまな影響を与えることが分かっています。たとえば、糖尿病、メタボリックシンドローム、自己免疫疾患、誤嚥性肺炎、心筋梗塞・動脈硬化、早産・低出生体重児、アルツハイマー病、がん、などです。 歯周病を治療すると、これらの疾患が改善するというのはよく知られた話です。もしかして、と思
    われる方はまず口腔ケアをおすすめします。ということで、次回はもう少し歯周病について深堀していきます。女性ホルモンと歯周病も大いに関係があることもお伝えしますね。お楽しみに!
     (たかき医院・仲栄美 子院長)

    2024年8月24日号

  • 「キツさ」が魅力、全国850人駆ける

    第17回ツールド妻有

    中里中学生も初ボランティア参加

     〇…北は岩手、西は岡山から10~70代の男女850人余が妻有路を駆けた。「走る大地の芸術祭」といわれ、河岸段丘地形や中山間地を走るため獲得標高2千㍍余の傾斜のあるキツいコースが好評の「第17回ツールド妻有」は25日、ミオンなかさとを発着点に開催。おそろいの黄色いジャージを身に付けた選手たちが面積約760㌔平方㍍の妻有地域を巡る自転車大会。

    2024年8月31日号

  • 「棚田」学ぶ、高校生交流も

    探究学習10年間プロジェクト始動

    早稲田大学 高等学院

     農林水産省「繋ぐ棚田遺産」に、全国最多14地区の棚田が認定を受ける十日町市。谷あいの傾斜地に広がる棚田は観光人気はあるが、耕作放棄地が増えているのが現実。この「棚田」を探究学習素材に、松代地域と40年余の交流がある早稲田大学系列の早稲田大学高等学院の「棚田フィールドワーク」が始動。今月26~28日は、松苧ドーミトリィ(木戸一之代表)を拠点に現地学習。10年間継続プロジェクトで、地元松代高校生との交流も実施。都市部と中山間地の高校生交流は継続し行う。都市と里山の若者を巻き込む、新たな棚田交流に関心が集まっている。

    2024年8月31日号

  • 光から音へ「感じるアート」

    ウォルフガング・ギルさん(1983年生まれ)

     生まれた街は、いつもアートで彩られていた。南米北部ベネズエラの首都カラカス生まれ。原体験の延長に今がある。光で空間をアート展開し、光から音へと進化し、「感じる」アートに取り組むウォルフガング・ギルさん(40)。
     先週の金曜23日、昨年8月から暮らす十日町市下条に『ホンク・ツイート美術館』と『カフェ』を開いた。『音楽彫刻家』と名刺にあるギルさん。ニューヨークから知人を頼り家族3人で移り住んだ。
     「自然とアートが共存している素晴らしい妻有に、すぐに恋に落ち、移住を決めた」。

     カラカスのメトロポリタン大学でシステム工学学士号を取得し、銀行に就職したが6ヵ月で退職。「エンジニアの業務や計算は好きだったが、オフィスの環境が合わなかった」。生まれ育った
    アート環境が、自分の中で動き出すのを感じた。
     光の直進性、その屈折や色の錯綜感に魅かれた。「数学的、理学的で光と色を計算し、アート表現しているカルロス・クルス=ディエスに魅かれ、自分と同じ価値観を感じた」。自宅ガレージで光によるアート実験を重ねながら、この道への思いを強くした。友人から「アーティストになるならニューヨークに行ったほうがいい」と勧められ、25歳で渡米。「家族には語学学校に行って戻ってくると言って、そのまま美術大学院に入ったんだ」。
     この語学学校で運命的な出会い。2008年、学生だった愛里さんと会う。「出会ってすぐ魅かれ合い、2週間後には学校の寮で一緒に暮らし、今に至ります」。「私はやりたいことが多くあり、愛里はいつも側で応援してくれている。愛里は家族であり、友人であり、パートナーであり、そして最大の協力者だよ」。
     ニューヨーク・ブルックリン大学院を卒業後、アートの関心は『音・サウンド』に向かう。「音はそもそも周波数で表され、周波数が高いほど高音に、低いほど低音になるなど数学と深く関わっている」。
     だが、「音は目に見えず、理解してくれる人は少なかった」。問題解決のため『音の形』を追い求め、視覚化に取り組んだ分野が音響彫刻。「音は目に見えなくても空間を満たし、彩を与えたり、分割したり、さまざまな姿を見せてくれるが、金属やガラス、プラスチックなど変容性のある素材を使って作った彫刻を振動させることで、さらに音の変化を楽しむことができ、場所や空間自体を作品にできる」。

     日本へ、妻有へ向かう転機は、愛里さんの妊娠だった。「仕事も安定してきたので、出産のため一緒に日本に一時帰国したんだ。その時、知人に大地の芸術祭を教えてもらって」。昨年2月、妻有初訪問。「ここ妻有の地に、すぐに恋に落ち、移住を決めたよ」。
     今月23日開設の『ホンク・ツイート美術館』。ホンクは車のクラクション、ツイートは鳥のさえずり音を意識し名付けた。「私はニューヨークのコーヒーも好きで、どうしてもそれが飲みたくて、オーストラリアからイタリア製のエスプレッソ・マシンを購入してきた。税関で止められた時はひやひやしたね。ここで、おいしいコーヒーを飲みながらアートや窓から見える自然を楽しんで欲しいね」。
     ギルさんの思いはさらに広がる。「美術館を拠点に、多くの人が集まる場になって欲しい。アー
    トを楽しむバーや音楽を楽しむクラブなどもしたい」、「何かを表現したい人の教育の場も作りたいし、山の中に倉庫を借りてアートスペースをもっと作りたい」と話す。
     さらに、「アートをめざしてきたが、エンジニア大学で学んだ方法論が今も生きている。方法論があるおかげで夢だけで終わらず、叶えるための行動や方向性を導き出している。すべて繋がっているよ。面白い」。

    ▼バトンタッチします。
     春日彩音さん
        
     『ホンク・ツイート美術館』=水曜~日曜午前8時~午後5時開館。十日町市下条4丁目489番地1。今後バー経営も検討している。インスタグラム@thehonktweetcafe

    2024年8月31日号

  • コクる、レベチも、セカチューも、マグルも知らない

    世代間ギャップ、どうするジジババ

    長谷川 好文 (秋山郷山房もっきりや)

     昔になるが、山口県の友人と広島県尾道で落ち合い瀬戸内海に浮かぶ小さな島を訪ねた。その時、尾道で居酒屋に入って久しぶりに思い出話に花を咲かせていた。
     酔った勢いで若いアルバイトのお姉さんに「あの、寅次郎って知ってる」と余計なことを聞いた事があった。思えば失礼な話だが、お姉さんは「しらない」と答えた。おどろいて「男はつらいよのフーテンの寅だよ」と聞き直したが、やはり知らないという。
     少しおどろいた。今時の人は常識がないなと感じながらホテルに帰った。いま思うとあれは知っていても答えるのが面倒で知らない人と関わりたくないと云うことだと気がつくのだが、ジジババが入った今の私は逆に若い人の常識的な知識がまったくわからない。
     飲み屋に座って隣から聞こえてくる(レベチもコクるもセカチューもマグルも)分からない。オタクというのは分かるが、そこから進化した新しい言葉が分からない。オタクという人たちが話す漫画の名前も鉄腕アトムやウルトラマンあたりまでは分かるが、逆に「おじいさん レベチって分かる」と聞かれたら答えようがない。
     事ほどさように時代の変化を実感することになる。「勉強してなかったからな〜」。
     もっとも私の若かった時、夢中になって覚えたこむずかしい知識などは、今の多くの人にとっては関心がなく、急速に進む時代に取り残されているのは、ジジババが入った私だったのかと感じてしまった。
     夢中になって競争するように覚え読んだのだがそれら作家の名前や作品、映像の記憶や美術館で見た絵画などは、今の人達にとってはどうでもよいことで、それを大切に知識や常識だと思っている私がすでに無知識、非常識なのだと感じるようになった。
     パソコンやスマホの知識だって、今時の小学生より劣っている。こうして時代は進んで行き、ページがめくられて高齢者たちは別人格としてくくられていくのだろう。
     もっとも時代が進んで若者に私と同じようなジジババが入ってくるときに、ページがめくられて終わった人たちとして、ひとかたまりにくくられて行く。
     世代間のギャップは常時更新されて行くのは当たり前のことで、そうなると今のジジババたちは旧世代人として、より古いものを抱え込んでいくしかないのだろう。
     面白いもので私の親の世代も自動車が身近になっておどろき、各家庭に電話がひけておどろき、パソコンの出現におどろきしたのだ。
     ただ残念なのはノーベル文学賞の川端康成も大江健三郎も知識として残るだけで、文体もその生き方も記憶の外にはみ出して行ってしまうことだ。
     おもえばずいぶんと呑気な時代を過ごさせてもらった。私としてはコクる、レベチ、セカチューも知らない世代の中に耽溺して平和な時代が続くことを願いつつ、死神が脇に立って「お前の番だよ」と告げられて、最後の時を迎えた方がストレスがなくて十分幸せということだと思い至った。 池波正太郎やつげ義春や海音寺潮五郎の小説本を引っ張り出して、老眼鏡を杖に、その時まで酒もタバコも再開して生きてやるしかないだろう。
     ときに「コクる」は告白することだって!

    2024年8月31日号

  • 常緑のスゲ

    中沢 英正(県自然観察保護員)

     苗場山麓で見られる常緑のスゲは、ホソバカンスゲ、ヒメカンスゲ、ヒロバスゲなど7種ほどある。
     花期は春から初夏にかけてで、どれもよく似た地味な花を咲かせる。葉は線形で、幅に違いはあるものの見分けるのが面倒くさい。
     こんな厄介なスゲの中からそれぞれの特性を見極め、暮らしに取り入れられてきたものがある。
     ミヤマカンスゲ(ヒロロ、写真左)の葉は軽くて丈夫、水をはじく性質から、雪や雨時の雨具であるミノの材料とした。採取時期は新葉が程よく成長した8月から秋の彼岸ころとされた。この地域ではよく見かけ、沢沿いなどの少し湿った所で群生していることが多い。
     コシノホンモンジスゲ(タツノケ、写真右)の葉も水に強い性質から、旦那衆の雨具であるケミノの材料となった。採取時期は7月下旬から8月上旬である。日当たりのいい雑木林の斜面などで見かける。
     自然と向き合ってきた先人の見識からは学ぶべき事ばかりだ。

    2024年8月31日号

  • 俳句が豊かな人生の一助に

    小川信子さん、今も長岡に勉強通い

     好きな句がある。いま勉強のために月1回通っている長岡市・安浄寺の安原葉住職の句。
     比叡に向き修す一人の西虚子忌
     妻有俳壇の選者・小川信子さん(78、雅号のぶこ)。「安原先生は句集を出していて胸を打つ作品がいっぱいあります。この句は高浜虚子の句に自分の歩むべき道を諭された句だと聞いています。なるほどと思います」。

    2024年8月31日号

  • 月額34万円と月額12万9千円

     十日町市議会と栄村議会で議員報酬を模索する動きが同時進行している。人口4万7470人(1万9423世帯)の市、1584人(782世帯)の村では「比較にならない」、そんな声が聞こえる。十日町市の議員報酬月額30万円、栄村議員12万9千円。「数字の比較は無理がある」、当然の声が聞こえる。
     だが、議員活動はその自治体の大小、人口の多少に関係なく「議会・議員の活動」。報酬は「議員活動の質」が問われる。極論と言われるが、市町村議員の報酬を規定する根拠は極めて不明瞭であり、換言すれば「報酬額は自由裁量」となる。
     十日町市の議会改革特別委員会は、来年4月改選の議員報酬を現額4万円アップの月額34万円に改定する方針を固めた。その根拠理由にあげているのが「29年間据え置いている」「市行政課長級を基準」など報酬引上げの理由を列挙している。
     この理由を考えたい。据え置き29年間は、その時々の市議の判断であり、長期間の据え置きは引上げ理由にならない。課長級という。市行政職員の課長職に就くまでの苦節の歳月と、市議の在任期間はどう考えても同列に論じられない。議員報酬の引き上げが必要と、時の議会・議員が判断するなら、堂々と議員提案で本会議審議し、採決すればよい、それだけの事だ。
     長野県最下位の議員報酬の栄村議会。人口は十日町市の3%余。同列に論じるのは無謀、と大声が聞こえるが、議員活動は同じ。そこに暮らす住民と向き合う議員活動そのものは同列。責務、住民付託は同じ重さを持つ。市議会と村議会、同じ議会だ。いや、より身近な活動を求められる村議会、住民との距離感は相当近い。当然、議員活動は幅広く、深く、住民要望は公私にわたる。
     その命題、「議員報酬とは」。ますます疑問符が膨らむ。

    2024年8月31日号

  • 白根の「梨」栽培、津南企業が後押し

    旭商事の果樹園・旭ファーム

    耕作放棄地を継承・拡大、中村兄弟の挑戦

     「故郷の果樹園を守りながら、全国に喜ばれる旬のナシ(梨)を作りたい」。津南町の卸売会社・旭商事(藤ノ木正人社長)が所有する新潟・白根生まれの果樹園「旭ファーム」(新潟市南区大郷)を運営する中村孝志さん(38)、大志(だいし、29)さん兄弟は、日に焼けて真っ黒な顔から白い歯を見せた。来月11日は旭ファームで行う初めての梨狩りツアーがあり「収穫したての梨を味わってほしい」と出迎えるつもりだ。

    2024年8月24日号

  • 「戻ってきて良かった。これが実感。家族のおかげ」

    綱 大介さん(1982年生まれ)

     暮らす地を転々と動き、たどり着いたのは生まれた地だった。十日町市下条・上新田の三代続く専業農家を継いだ綱大介さん(42)。結婚17年のパートナーで農業初心者ながら次々とアイデアを創出する優子さん(39)と「ツナファーム」を3年前に立上げ、家族営農で水田10㌶で魚沼産コシヒカリや新之助などを栽培し、20㌃でサツマイモを営農する。「いつかは…と思っていました。決断できたのは妻のおかげですね」。

     高校進学から地元を離れ柏崎市・新潟産業付属高校で学ぶ。卒業後、堀之内で土木業や小千谷市の山田鉄筋で業務をし、ひなの宿ちとせ旅館では仲居業など、多種多様な業務を経験。18年前、高校の友人紹介で柏崎市出身の優子さんと出会う。「出会った頃は突き放されていたので逆に燃えましたね」。大介さんの猛アタックで2007年10月に結婚。ふたりで話し、「ちょっと雪から離れた所で暮らしたい」と静岡・浜松市へ転居。この地で長女を授かり、2年間ほど暮らす。雪のない地での暮らしの中で、「なんとなくなんですが…十日町に帰った方がいいのかなぁ…と思ったんですが…」。次の転居先は十日町を通り越した新潟市だった。その地で電気関係業で働きながら4年ほど暮らす。
     それは、突然やって来た。
     「父の腰の具合が悪いって母から電話がありました。そろそろ帰るか…でしたね。6年間の長い新婚旅行でした」。2014年、生まれた地、下条上新田に帰った。いつかは…と考えていた農業と向き合う日々が始まる。
     やるからにはと、両親の元で農業を学び3年前夫婦で継ぎ「ツナファーム」と名付けた。水稲を主体に魚沼コシヒカリ、新之助などブランド米を手がけ、需要が多いこがねもちも生産。さらにサツマイモなど野菜栽培にも家族で取り組む。
     農業初心者の優子さんの農業への関心の高さが大介さんのやる気を倍増させている。「お米ってこんな風にできているんだと喜び、こんな美味しいお米を食べたのは初めて、と言ってくれて嬉しかったですね」。
     優子さんの新鮮な感度が営農にも大いに役立っている。ツナファームの農産物でネット販売に乗り出し、事業名刺も作成し、交友関係を広げている。「自分だけだったら、これまで通りの農業だったでしょうね。ネット販売など思いつかなかったし、ネット購入の消費者から生の声も聞けて、大きな励みになっています。新しい視点での農業になり、妻には本当に感謝です」。

     家族営農のツナファーム。小学、高校生の娘3人の存在が、新たな交友関係を広げている。「自分が小さい頃に参加していた子ども会キャンプなど、今度は自分が運営する側になって、なんだか不思議な感じですね。地域の大切なつながりになり、地域で子どもたちを育てるという、ありがたみを感じますね」。 下条小でサツマイモや米づくりなどを教え、市内で開設の子ども食堂にもいち早く関わり、米など地元食材を提供している。「子どもが喜んでくれる姿を見ると嬉しくなりますね」。

     雪を嫌って県外に転居したが、いまは雪の恵みを感じている。美味い米、野菜ができるのも雪のおかげと。冬期間はガーラ湯沢に勤務。「あんなに雪が嫌だと思っていたのに、我が子のスキー授業に合わせ、スノーボードを始めました。ボードも買っちゃって、いまでは家族で雪が待ち遠しいくらいです」。さらに「雪のおかげで、美味しいお米もでき、雪があるからこその農業だと感謝しています」。
     暮らす地を転々としながら見つけ出した『ふるさとの良さ』。「戻ってきて良かった、これが実感ですね。妻のおかげ、子どもたちのおかげ、それに家族同然の愛犬まめたのおかげですね」。

    ▼バトンタッチします
     ウォルフガング・ギル さん

    2024年8月24日号

  • 食後8時間後、歯にプラークが

    30歳以上の成人の約80%が歯周病に

    Vol 104

     「1㍉㌘中におよそ400~700種類、10億~1000億以上の細菌が存在して、あなたの健康を損なう危険性を作ります」。これは何を説明していると思いますか?
     これは「プラーク」のことです。あなたの口の中に残った食べカスは食後8時間もすると、細菌が繁殖して歯の表面にまるでラップをかけたようにへばりつきプラークになります。プラークがへばりついてしまうと、うがい薬やマウスウォッシュではプラークの内部まで浸透することはできず、歯間ブラシや歯ブラシによって物理的にはがすしか手がありません。
     さらに2014年にライオン㈱が行った調査によると、歯磨きなどで磨き残したプラークは一般に7割もあるといわれています。
     プラークが石灰化してできる硬い塊が「歯石」。歯石になったプラークの中の細菌はだんだん数が増え、しかも歯石の中は酸素が少ないために酸素を嫌って育つ嫌気性菌が増えていきます。そこで増えた嫌気性菌が作り出す毒素によって、歯を支えている骨がダメージを受け、溶けてなくなっていくのが歯周病です。そして嫌気性菌が発生するガスが口臭になります。
     私は乳歯から永久歯に生え変わる時に上の歯が前歯2本以外しばらく生えてこず、ビーバーのようでした。あまりに長い間生えてこないので口腔外科を受診して手術をし、そこから5年近く歯科矯正をしました。今から30年以上前、歯科矯正は保険ではできなかったため、相当なお金を親は私の歯にかけてくれていたのだと思います。
     なので、歯は一生大事にしようと思い、とても大事にしていたつもりでした。でも、歯科矯正を終えてからは虫歯もできず歯のことで不具合が無かったために歯医者には通っていませんでした。
     娘が生まれて3歳半健診。なんと健診の中に親子歯科検診があり、そこで「歯石がたまっている! 歯石は歯周病の原因ですからね!」とその時の担当の先生に厳しく言われて背中がゾーッとし、慌てて歯科に駆け込みました。なぜ、ゾーッとしたかというと、このまま放っておくとお金を賭けた歯が無くなってしまうかもという恐怖と、歯周病になれば様々な健康被害が出ることを知っていたからです。
     厚生労働省の平成23年歯科疾患実態調査によると、30歳以上の成人の約80%が歯周病になっているともいわれています。歯周病は「サイレントディジーズ:静かなる病気」ともいわれ、重症化するまでは自覚症状がないまま慢性的な炎症が持続します。
     炎症が持続することにより、全身にさまざまな影響を与えることが分かっています。たとえば、糖尿病、メタボリックシンドローム、自己免疫疾患、誤嚥性肺炎、心筋梗塞・動脈硬化、早産・低出生体重児、アルツハイマー病、がん、などです。 歯周病を治療すると、これらの疾患が改善するというのはよく知られた話です。もしかして、と思
    われる方はまず口腔ケアをおすすめします。ということで、次回はもう少し歯周病について深堀していきます。女性ホルモンと歯周病も大いに関係があることもお伝えしますね。お楽しみに!
     (たかき医院・仲栄美 子院長)

    2024年8月24日号