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妻有まるごと博物館一覧

  • 陸の孤島からの脱出

    小林 幸一(津南案内人)

     切明は釜落から47キロに及んだ工事用軌道の終着駅で、中津川第一発電所の魚野川と雑魚川の要の位置にあり、ここから沈砂池を通った発電用水は真っ暗な地下水路に吸い込まれて高野山の貯水池に向かいます。
     写真には建設中の沈砂池と、対岸には宿舎や医者・巡査なども常駐した建物が写っています。
     町外の東電OBが、そのまた先輩から聞いたという昔話ですが、豪雪になると車で町まで向かえない、まさに陸の孤島だった切明発電所で業務にあたっていた職員が急病になり、このままでは人命にかかわると、流量を減らした水路に患者を乗せたボートを浮かべ決死の救出を行ったということです。
     映画「ホワイトアウト」さながらの豪雪地帯からの脱出劇ですが、入ったのは良いがいったい何処で地下水路を出たのか気になります。途中何ヵ所かある横坑のうち、考えられるのは前倉上の横坑から出たのか、高野山のダムまで流れ着き、横根方面から町に向かったのか不明ですが、当時の電力マンの苦労が偲ばれる逸話です。
     さて、厳冬期の秋山郷の工事現場では、何処も陸の孤島のようになりますが、地下水路が人や資材の行きかう動脈のようになっていたのではないでしょうか。

    2023年12月16日号

  • ヤマゴボウの花(オヤマボクチ)

    照井 麻美(津南星空写真部)

     この地域のそばはつなぎに布海苔やヤマゴボウを使うことが特徴かと思います。
     つなぎに布海苔を使うのは、さすが着物の産地!といったところですが、移住をしてきた私にとっては「ヤマゴボウ?どんなゴボウだろう?」と土の中に細く長く埋まった野菜のゴボウを想像していました。
     私は自分の集落の収穫祭でそば打ちをするためヤマゴボウを入れることは知っていたのですが、実際どんな植物なのかは目にしたことがありませんでした。
     この花がヤマゴボウと気が付いたのはつい先日で、この原稿を考える最中にへぎそばの歴史を調べてみると、たまたま秋に撮ったアザミみたいな花と同じ花を見つけた時でした。
     別名オヤマボクチ(雄山火口)という植物で、葉の裏に白い毛が生えており、昔はこれを火種に使っていたことが名前の由来だそうです。
     場所によって下処理の仕方が少し違うようですが、ヤマゴボウの葉を煮立たせて作った粘り気のあるつなぎを生地に混ぜ込み、そばや笹団子を作るそうです。
     ぜひ、来年の収穫祭の際は自分で採ったヤマゴボウでそば打ちができたらいいなと思いました。

    2023年12月9日号

  • キイロスズメバチの女王蜂

    南雲 敏夫(県自然観察指導員)

     この季節にいるキイロスズメバチ、もう巣から飛び出していて単独行動している。働き蜂はもう死滅しているのでおそらく受精卵を持った女王蜂。
     働き蜂と比べても腹部がふっくらと大きくて一回り大きく見える。これから厳しい冬をで乗り越えて春になるとたった一匹で巣作りを始める事になるのだが。

     こんな時期の蜂だからよほどの事がない限り刺さないと思う。女王蜂は卵をもっているので余計な事はしないはずだ。
     これから軒下や、飛び出した古い巣や木の隙間などで越冬することになるが、数ヵ月も餌を取らないで過ごすのだから凄い生命力だと感心する。
     なんとなく安心できる時期のスズメバチだからよく観察も可能だ。カメラを数センチまで近づけても威嚇はしないがこちらをじっと見ている。
     もちろん雪国では他の蜂類もこの時期は受精卵持った女王蜂のみだからゆっくりと見れると思う。      ただ洗濯物の中にいたら要注意ですが…。

    2023年12月2日号

  • 冬虫夏草

    中沢 英正(県自然観察保護員)

     晩秋のブナ林で、足元にオレンジ色の粒を見つけた。径3ミリほどだが鮮やかな色で人目を引く。細い柄が地中に伸びていることからキノコのようだ(写真左)。
     「もしかして…」と、柄を切らないように慎重に地面を掘ると落葉の塊に辿りつく(写真右)。帰ってから落葉を取り除くと白い菌糸に覆われた正体不明の幼虫が現れた。冬虫夏草との久しぶりの出会いだった。
     冬虫夏草とは虫の死骸から生えるキノコの仲間である。とりつくのはトンボやカメムシの成虫、セミやコガネムシの幼虫などいろいろだ。恐ろしいのは、生きている虫にとりつき殺した上で体内の養分で成長するところだ。
     中国では冬虫夏草は漢方薬の原料のひとつ。コウモリガ類の幼虫についたものは高値で取引されている。
     冬虫夏草はとにかく小さい。写真のものは地上部が6ミリほど、全体でも長さ4センチほどしかない。目立たないように暮らしているにも係わらず結実部(先端の胞子をつくるところ)の目立つオレンジ色にはどんな意味があるのだろう。

    2023年11月25日号

  • 前倉の慰霊碑

    小林 幸一(津南案内人)

     中津川第一線工事での殉職者の慰霊碑は切明の沈砂池の上にあります。碑には「中津川第一線工事の殉職者追悼碑」とあり、裏には昭和3年7月建立、大林組社長と刻まれています。
     また、中津川第一線工事では県境で工区が分かれていて、新潟県側の穴藤~前倉工区を日本土木(大倉組)現在の大成建設が請け負いましたが、会社としての慰霊碑は今のところ不明です。
     前倉の阿部利昭氏から「前倉の山の中に聖徳太子の石塔が建っている」との情報を得て現地に出かけたところ、原生林の中に大きな岩が集められ、その碑は建っていました。表には聖徳太子と大きく刻まれ、裏にはこの碑を建てた11人の名前が彫られています。肩書には「現場監査役」「工事請負人」「現場世話役」「帳場役」「工事小頭」「坑夫小頭」「石工」等出身地や実名が彫られています。
     そもそも聖徳太子とは大工や職人たちが信仰していた守護神で、工事の安全や亡くなった人の慰霊を兼ねる碑のようです。
     建立が大正11年11月1日ということは秋山郷で発電した電力が東京に送電された月でもあり、4ヵ月前には朝鮮人の溺死体が発見された年でもありますので、これは安全祈願というよりは工事関係者が建立した慰霊碑だと言えます。また後日、阿部氏から「聖徳太子の碑の奥に大峯神社の碑がある」とのことで案内をして頂きました。
     前倉から高野山に上がる車道の脇に車を停めて道のない急斜面を転がるように50㍍ほど下ると杉林の中にひときわ太く何本も寄り添って立っている杉の根元に小さな碑がありました。
     建立は大正12年8月、工事関係者は故郷に向かって帰省が始め、発電所景気に沸いた大割野には不景気風が吹き始めた頃ですから、やはり安全祈願ではなく、慰霊のために建立したものです。裏面には「信越電力」「日本土木」の他に「田巻事務所一同」の名前が刻まれ、工事発注者や元受けの名前も出てきましたが、切明の慰霊碑に比べると辺鄙な場所で碑も小さく、とても大会社が建立したものとは思えません。きっと秋山郷の原生林の中で草に埋もれ探し出される日待っている碑がまだあるはずです。
     前倉の2つの碑を調査して思ったことは、建立した人たちには後ろめたいことなどなく、実名まで彫って後世に残そうとしたことから、世間で騒がれた朝鮮人虐待事件は、当の現場ではそれほど問題視されていなかったのではないでしょうか。
     この問題はまだまだ調査が必要ですが、過酷な環境の中で大事業を完工し、その後各地に散って行った人夫や技術者たちのことを忘れてはいけない場所としてこれからも守って行きたいと思います。

    2023年11月18日号

  • ロクショウグサレキン属

    照井 麻美(津南星空写真部)

     秋と言えばキノコですが、今回はロクショウグサレキン属という私が山の中で好きなキノコをご紹介します。
     漢字にすると「緑青腐菌」と書き、見た目が銅のサビのような緑青色に似ていることから名づけられたそうです。
     大きさは2~5mmほどと小さく、毒はないそうですが、食すことは難しいようです。
     木の表面に出ている部分だけでなく、木の中も菌糸で同じような緑青色に染まっており、誰かが塗ったのではないかと思わせるような色は草木染ならぬ、キノコ染めという染め物の顔料にもなり、大変鮮やかで美しい青色に染まります。
     ちなみにキノコの分類は難しいので、今回のこの写真はロクショウグサレキンモドキと思われますが、正確には青くて小さな「お皿」部分の裏側に柄が中心についているのが「ロクショウグサレキン」中心からずれているのが「ロクショウグサレキンモドキ」と分類されるので、ロクショウグサレキン属というタイトルにしました。
     ぜひ、全国各地に分布しているので山の中で枯木、切株などの上に生息する鮮やかな色を探してみてください。

    2023年11月11日号

  • ハタケシメジ

    南雲 敏夫(県自然観察指導員)

     ハタケシメジは不思議な事に山奥には生えないで、人家周辺の畑やアスファルトの脇、コンクリートの脇などとおよそキノコとは思えない場所に多く出てくる。
     写真の場所はキノコの名前の通りの畑。けんちん汁でも野菜炒めでも、大きなものはそのまま焼いても美味しいからいろんな料理に使えるので、写真のように大株があると本当にうれしいし楽しい。
     個人的にもキノコ採りは大好きなのだが判らない種類がほとんどである。図鑑を見ても幼菌、成菌、老菌では見た目も大きく変わるし迷う事も多い。だから確実に食べられる種類だけを覚えて山歩きしている。それでも今まで食べなかった種類は慎重に調べてから口に入れているので大丈夫。
     普段食べているキノコがいっぱい採れた時には仲間にも配ったりしているが、ただその人の体質などによっては気持ち悪くなったりという事があるらしい。
     以前は何の問題もなかったスギヒラタケ、カタハと言っていたが今は毒キノコ扱い、でも年配の人は食べている人もいる。だからよう判らん…。

    2023年11月4日号

  • ケヤキ 花と果実

    中沢 英正(県自然観察保護員)

     ケヤキは日本ではよく知られた樹木である。樹形の良さから公園や道路沿いなど身近なところに植えられることが多いお馴染さんだ。
     材は耐久・耐朽性に優れ、木目が美しいことから寺社の建材や彫刻材として重宝されてきた。
     知名度抜群の樹木だが、花や果実の事となるといささか事情が違ってくる。見たことがないっていう人が多く、中には「花が咲くんですか…」などという人もいる。それは花・果実ともとにかく地味で小さいためだ。
     花が咲くのは春、葉の展開と同時だ。雄花と雌花があり、新小枝の下部に雄花が、上部に雌花がつく(写真左)。どちらも長さ5ミリほど。雄花は花粉を出し終えるとポロポロと落下する。
     受粉を終えた雌花は秋に向けて果実を成熟させていく。10月頃に熟す果実も長さ5ミリほど、小枝ごと風に運ばれていく(写真右)。
     極小の果実が千年以上の歳月をかけ、直径4~5メートルの姿にまで成長する過程は人知の及ばないドラマである。

    2023年10月28日号

  • 秋山郷電源開発軌道巡り

    小林 幸一(津南案内人)

     津南町自然に親しむ会で秋山郷の電源開発軌道巡りを行いました。今回は初めて中津川発電所工事の軌道跡を巡るツアーということで苗場山麓ジオパークガイドも同行し、秋山郷の魅力を別の観点から再発見する企画です。
     最初に向かったのは、千曲川を船で下り、建設資材を降ろした大倉スノーシェッド下の波止場跡です。私も何度か一人で来ていますが、大勢で見学するとまた新たな発見がありました。工事に使う膨大な資材の多くは此処から電車に積み込み終点の切明まで向かいますが、次に電気の無い時代に電車の動力を発電した芦ヶ崎の中津川第三発電所跡を見学。そこから電車道を通って反里口の廃隧道に入りました。
     午後から中津川第一発電所を国道から見下ろし、百年前の写真と比較しながら難工事の形跡を探しました。その後前倉の山中にある大正11年11月建立の慰霊碑を見学し、軌道跡を辿りながら屋敷の大発破下にある砕石場跡を見学した後、2本目の廃隧道を調査しました。
     隧道は軌道全線で43本、総延長2.564mも掘られましたが、確認できているのはこの2本だけで、どちらも片側は土砂で埋まり、いずれ原生林の中に飲み込まれて行くものと思います。来年は中津川第一発電所送電百周年を迎え、この偉大な事業をどのように継承して行くのか試行錯誤は続きます。

    2023年10月21日号

  • ヒダリマキマイマイ

    照井 麻美(津南星空写真部)

     雨が強く降っては止み、また雨が降っては止みと秋の長雨とは少し違った10月を迎えておりますが、森に入ればキノコも旬を迎え、道の駅やお土産店では秋の味覚がずらりと並んでいます。
     この雨に活動的なのは写真の「ヒダリマキマイマイ」です。
     字のごとくヒダリマキのかたつむりですが、左巻きの殻をもった種は少なく、国内で確認できている約6000種のうち、約60種ほどしかいないそうです。
     本州北部に生息し、湿った場所を好み、森林や草原などで見かけられ、大きさは3~5cmほどです。
     雨でぬれた地面や木の幹、夜はキノコに群がっていたりしますが、近年住宅地にも出没し、コンクリートの上に付く藻を食べているようなので、雨の降ったときは家の近くのコンクリート壁や枯れ葉がある湿った場所などを探してぜひ、ヒダリマキマイマイを見つけてみてください。
     ちなみに童謡「かたつむり」で歌われている「でんでんむし」とは、子供たちがかたつむりを突っつくと顔を引っ込める様から「出ん出ん虫(出ない出ない虫)」→でんでん虫になった説が有力だそうです。

    2023年10月14日号

  • 陸の孤島からの脱出

    小林 幸一(津南案内人)

     切明は釜落から47キロに及んだ工事用軌道の終着駅で、中津川第一発電所の魚野川と雑魚川の要の位置にあり、ここから沈砂池を通った発電用水は真っ暗な地下水路に吸い込まれて高野山の貯水池に向かいます。
     写真には建設中の沈砂池と、対岸には宿舎や医者・巡査なども常駐した建物が写っています。
     町外の東電OBが、そのまた先輩から聞いたという昔話ですが、豪雪になると車で町まで向かえない、まさに陸の孤島だった切明発電所で業務にあたっていた職員が急病になり、このままでは人命にかかわると、流量を減らした水路に患者を乗せたボートを浮かべ決死の救出を行ったということです。
     映画「ホワイトアウト」さながらの豪雪地帯からの脱出劇ですが、入ったのは良いがいったい何処で地下水路を出たのか気になります。途中何ヵ所かある横坑のうち、考えられるのは前倉上の横坑から出たのか、高野山のダムまで流れ着き、横根方面から町に向かったのか不明ですが、当時の電力マンの苦労が偲ばれる逸話です。
     さて、厳冬期の秋山郷の工事現場では、何処も陸の孤島のようになりますが、地下水路が人や資材の行きかう動脈のようになっていたのではないでしょうか。

    2023年12月16日号

  • ヤマゴボウの花(オヤマボクチ)

    照井 麻美(津南星空写真部)

     この地域のそばはつなぎに布海苔やヤマゴボウを使うことが特徴かと思います。
     つなぎに布海苔を使うのは、さすが着物の産地!といったところですが、移住をしてきた私にとっては「ヤマゴボウ?どんなゴボウだろう?」と土の中に細く長く埋まった野菜のゴボウを想像していました。
     私は自分の集落の収穫祭でそば打ちをするためヤマゴボウを入れることは知っていたのですが、実際どんな植物なのかは目にしたことがありませんでした。
     この花がヤマゴボウと気が付いたのはつい先日で、この原稿を考える最中にへぎそばの歴史を調べてみると、たまたま秋に撮ったアザミみたいな花と同じ花を見つけた時でした。
     別名オヤマボクチ(雄山火口)という植物で、葉の裏に白い毛が生えており、昔はこれを火種に使っていたことが名前の由来だそうです。
     場所によって下処理の仕方が少し違うようですが、ヤマゴボウの葉を煮立たせて作った粘り気のあるつなぎを生地に混ぜ込み、そばや笹団子を作るそうです。
     ぜひ、来年の収穫祭の際は自分で採ったヤマゴボウでそば打ちができたらいいなと思いました。

    2023年12月9日号

  • キイロスズメバチの女王蜂

    南雲 敏夫(県自然観察指導員)

     この季節にいるキイロスズメバチ、もう巣から飛び出していて単独行動している。働き蜂はもう死滅しているのでおそらく受精卵を持った女王蜂。
     働き蜂と比べても腹部がふっくらと大きくて一回り大きく見える。これから厳しい冬をで乗り越えて春になるとたった一匹で巣作りを始める事になるのだが。

     こんな時期の蜂だからよほどの事がない限り刺さないと思う。女王蜂は卵をもっているので余計な事はしないはずだ。
     これから軒下や、飛び出した古い巣や木の隙間などで越冬することになるが、数ヵ月も餌を取らないで過ごすのだから凄い生命力だと感心する。
     なんとなく安心できる時期のスズメバチだからよく観察も可能だ。カメラを数センチまで近づけても威嚇はしないがこちらをじっと見ている。
     もちろん雪国では他の蜂類もこの時期は受精卵持った女王蜂のみだからゆっくりと見れると思う。      ただ洗濯物の中にいたら要注意ですが…。

    2023年12月2日号

  • 冬虫夏草

    中沢 英正(県自然観察保護員)

     晩秋のブナ林で、足元にオレンジ色の粒を見つけた。径3ミリほどだが鮮やかな色で人目を引く。細い柄が地中に伸びていることからキノコのようだ(写真左)。
     「もしかして…」と、柄を切らないように慎重に地面を掘ると落葉の塊に辿りつく(写真右)。帰ってから落葉を取り除くと白い菌糸に覆われた正体不明の幼虫が現れた。冬虫夏草との久しぶりの出会いだった。
     冬虫夏草とは虫の死骸から生えるキノコの仲間である。とりつくのはトンボやカメムシの成虫、セミやコガネムシの幼虫などいろいろだ。恐ろしいのは、生きている虫にとりつき殺した上で体内の養分で成長するところだ。
     中国では冬虫夏草は漢方薬の原料のひとつ。コウモリガ類の幼虫についたものは高値で取引されている。
     冬虫夏草はとにかく小さい。写真のものは地上部が6ミリほど、全体でも長さ4センチほどしかない。目立たないように暮らしているにも係わらず結実部(先端の胞子をつくるところ)の目立つオレンジ色にはどんな意味があるのだろう。

    2023年11月25日号

  • 前倉の慰霊碑

    小林 幸一(津南案内人)

     中津川第一線工事での殉職者の慰霊碑は切明の沈砂池の上にあります。碑には「中津川第一線工事の殉職者追悼碑」とあり、裏には昭和3年7月建立、大林組社長と刻まれています。
     また、中津川第一線工事では県境で工区が分かれていて、新潟県側の穴藤~前倉工区を日本土木(大倉組)現在の大成建設が請け負いましたが、会社としての慰霊碑は今のところ不明です。
     前倉の阿部利昭氏から「前倉の山の中に聖徳太子の石塔が建っている」との情報を得て現地に出かけたところ、原生林の中に大きな岩が集められ、その碑は建っていました。表には聖徳太子と大きく刻まれ、裏にはこの碑を建てた11人の名前が彫られています。肩書には「現場監査役」「工事請負人」「現場世話役」「帳場役」「工事小頭」「坑夫小頭」「石工」等出身地や実名が彫られています。
     そもそも聖徳太子とは大工や職人たちが信仰していた守護神で、工事の安全や亡くなった人の慰霊を兼ねる碑のようです。
     建立が大正11年11月1日ということは秋山郷で発電した電力が東京に送電された月でもあり、4ヵ月前には朝鮮人の溺死体が発見された年でもありますので、これは安全祈願というよりは工事関係者が建立した慰霊碑だと言えます。また後日、阿部氏から「聖徳太子の碑の奥に大峯神社の碑がある」とのことで案内をして頂きました。
     前倉から高野山に上がる車道の脇に車を停めて道のない急斜面を転がるように50㍍ほど下ると杉林の中にひときわ太く何本も寄り添って立っている杉の根元に小さな碑がありました。
     建立は大正12年8月、工事関係者は故郷に向かって帰省が始め、発電所景気に沸いた大割野には不景気風が吹き始めた頃ですから、やはり安全祈願ではなく、慰霊のために建立したものです。裏面には「信越電力」「日本土木」の他に「田巻事務所一同」の名前が刻まれ、工事発注者や元受けの名前も出てきましたが、切明の慰霊碑に比べると辺鄙な場所で碑も小さく、とても大会社が建立したものとは思えません。きっと秋山郷の原生林の中で草に埋もれ探し出される日待っている碑がまだあるはずです。
     前倉の2つの碑を調査して思ったことは、建立した人たちには後ろめたいことなどなく、実名まで彫って後世に残そうとしたことから、世間で騒がれた朝鮮人虐待事件は、当の現場ではそれほど問題視されていなかったのではないでしょうか。
     この問題はまだまだ調査が必要ですが、過酷な環境の中で大事業を完工し、その後各地に散って行った人夫や技術者たちのことを忘れてはいけない場所としてこれからも守って行きたいと思います。

    2023年11月18日号

  • ロクショウグサレキン属

    照井 麻美(津南星空写真部)

     秋と言えばキノコですが、今回はロクショウグサレキン属という私が山の中で好きなキノコをご紹介します。
     漢字にすると「緑青腐菌」と書き、見た目が銅のサビのような緑青色に似ていることから名づけられたそうです。
     大きさは2~5mmほどと小さく、毒はないそうですが、食すことは難しいようです。
     木の表面に出ている部分だけでなく、木の中も菌糸で同じような緑青色に染まっており、誰かが塗ったのではないかと思わせるような色は草木染ならぬ、キノコ染めという染め物の顔料にもなり、大変鮮やかで美しい青色に染まります。
     ちなみにキノコの分類は難しいので、今回のこの写真はロクショウグサレキンモドキと思われますが、正確には青くて小さな「お皿」部分の裏側に柄が中心についているのが「ロクショウグサレキン」中心からずれているのが「ロクショウグサレキンモドキ」と分類されるので、ロクショウグサレキン属というタイトルにしました。
     ぜひ、全国各地に分布しているので山の中で枯木、切株などの上に生息する鮮やかな色を探してみてください。

    2023年11月11日号

  • ハタケシメジ

    南雲 敏夫(県自然観察指導員)

     ハタケシメジは不思議な事に山奥には生えないで、人家周辺の畑やアスファルトの脇、コンクリートの脇などとおよそキノコとは思えない場所に多く出てくる。
     写真の場所はキノコの名前の通りの畑。けんちん汁でも野菜炒めでも、大きなものはそのまま焼いても美味しいからいろんな料理に使えるので、写真のように大株があると本当にうれしいし楽しい。
     個人的にもキノコ採りは大好きなのだが判らない種類がほとんどである。図鑑を見ても幼菌、成菌、老菌では見た目も大きく変わるし迷う事も多い。だから確実に食べられる種類だけを覚えて山歩きしている。それでも今まで食べなかった種類は慎重に調べてから口に入れているので大丈夫。
     普段食べているキノコがいっぱい採れた時には仲間にも配ったりしているが、ただその人の体質などによっては気持ち悪くなったりという事があるらしい。
     以前は何の問題もなかったスギヒラタケ、カタハと言っていたが今は毒キノコ扱い、でも年配の人は食べている人もいる。だからよう判らん…。

    2023年11月4日号

  • ケヤキ 花と果実

    中沢 英正(県自然観察保護員)

     ケヤキは日本ではよく知られた樹木である。樹形の良さから公園や道路沿いなど身近なところに植えられることが多いお馴染さんだ。
     材は耐久・耐朽性に優れ、木目が美しいことから寺社の建材や彫刻材として重宝されてきた。
     知名度抜群の樹木だが、花や果実の事となるといささか事情が違ってくる。見たことがないっていう人が多く、中には「花が咲くんですか…」などという人もいる。それは花・果実ともとにかく地味で小さいためだ。
     花が咲くのは春、葉の展開と同時だ。雄花と雌花があり、新小枝の下部に雄花が、上部に雌花がつく(写真左)。どちらも長さ5ミリほど。雄花は花粉を出し終えるとポロポロと落下する。
     受粉を終えた雌花は秋に向けて果実を成熟させていく。10月頃に熟す果実も長さ5ミリほど、小枝ごと風に運ばれていく(写真右)。
     極小の果実が千年以上の歳月をかけ、直径4~5メートルの姿にまで成長する過程は人知の及ばないドラマである。

    2023年10月28日号

  • 秋山郷電源開発軌道巡り

    小林 幸一(津南案内人)

     津南町自然に親しむ会で秋山郷の電源開発軌道巡りを行いました。今回は初めて中津川発電所工事の軌道跡を巡るツアーということで苗場山麓ジオパークガイドも同行し、秋山郷の魅力を別の観点から再発見する企画です。
     最初に向かったのは、千曲川を船で下り、建設資材を降ろした大倉スノーシェッド下の波止場跡です。私も何度か一人で来ていますが、大勢で見学するとまた新たな発見がありました。工事に使う膨大な資材の多くは此処から電車に積み込み終点の切明まで向かいますが、次に電気の無い時代に電車の動力を発電した芦ヶ崎の中津川第三発電所跡を見学。そこから電車道を通って反里口の廃隧道に入りました。
     午後から中津川第一発電所を国道から見下ろし、百年前の写真と比較しながら難工事の形跡を探しました。その後前倉の山中にある大正11年11月建立の慰霊碑を見学し、軌道跡を辿りながら屋敷の大発破下にある砕石場跡を見学した後、2本目の廃隧道を調査しました。
     隧道は軌道全線で43本、総延長2.564mも掘られましたが、確認できているのはこの2本だけで、どちらも片側は土砂で埋まり、いずれ原生林の中に飲み込まれて行くものと思います。来年は中津川第一発電所送電百周年を迎え、この偉大な事業をどのように継承して行くのか試行錯誤は続きます。

    2023年10月21日号

  • ヒダリマキマイマイ

    照井 麻美(津南星空写真部)

     雨が強く降っては止み、また雨が降っては止みと秋の長雨とは少し違った10月を迎えておりますが、森に入ればキノコも旬を迎え、道の駅やお土産店では秋の味覚がずらりと並んでいます。
     この雨に活動的なのは写真の「ヒダリマキマイマイ」です。
     字のごとくヒダリマキのかたつむりですが、左巻きの殻をもった種は少なく、国内で確認できている約6000種のうち、約60種ほどしかいないそうです。
     本州北部に生息し、湿った場所を好み、森林や草原などで見かけられ、大きさは3~5cmほどです。
     雨でぬれた地面や木の幹、夜はキノコに群がっていたりしますが、近年住宅地にも出没し、コンクリートの上に付く藻を食べているようなので、雨の降ったときは家の近くのコンクリート壁や枯れ葉がある湿った場所などを探してぜひ、ヒダリマキマイマイを見つけてみてください。
     ちなみに童謡「かたつむり」で歌われている「でんでんむし」とは、子供たちがかたつむりを突っつくと顔を引っ込める様から「出ん出ん虫(出ない出ない虫)」→でんでん虫になった説が有力だそうです。

    2023年10月14日号