春の十日町市長選、市議選、先の参院選、示された「民意」はどこへ行ったのか。政局によっては年内に衆院選があるかもだ。来年の津南町長選は6月。選挙は「民主主義のコスト」だが、心身とも多大なコストをかけて民意が表出されるが、その「民意」は選挙結果と共に…では困る。選ばれた人たち、選良は選挙結果で示された民意を具現化するのが第一の責務だが、同時にその時々の検証が必要だろう。
十日町市長選。市政史上初の5期の関口芳史市長。新潟県市長会の会長に就き、今後北信越市長会のトップも回ってくるだろう。そうなると全国市長会の役職も就いてくる。5期目は「外交」が多いのか。JR東との10年契約は「事もなく」継続され、引き出した「JR東・データセンター」計画への電力供給が視野に入る。その安定電力の供給に上がる「蓄電所」構想。すでに大手企業が乗り出す蓄電所計画だ。経産省バックアップで事業化が全国で進み、その情報をいち早く察知した関口市長らしい、狼煙(のろし)上げだ。
その先に見ているのは『持続可能な自治体・十日町市づくり』なのか。人口減少と少子化で今後の自治体運営は容易ではない。財源確保をどうするか、自治体トップの多くが頭を悩ます。十日町市はJR東という「最強のパートナー」を得ている。共生策を盛り込んだ『覚書』は、弱小自治体の十日町市がJR東という国内トップ企業と「運命共同体」で歩む約束手形でもある。
一方の津南町。桑原悠町長は来年7月8日、2期の任期満了。6月の町長選に臨むが、直面するニュー・グリーンピア津南問題は、相当なる大きな課題になっている。選択の方向性とその具体化に難題が表出し始め、対応の如何によっては、さらに混乱が増す情勢だ。津南町の初心は『農を以って立町の基と為す』、その原点回帰も、選択肢の一つになってきている。
2025年8月9日号
稲が穂を出し始める出穂期で水が必要となる8月初旬~お盆期間中だが、水不足が深刻になっている…
2025年8月2日号
「8月ジャーナリズム」。戦後80年の今年、この言葉をさらに目にし、耳にするだろう。「8月15日」を意識する世代は、歳月と共に薄れてきているが、決して忘れてはならない歴史の刻印である。それをどうメディアは記録し、伝えていくのか、その時々のマスコミ人に課せられた責務でもある。
なぜ、8月になると「戦争」記事が多く出るのか…、戦争はいまも世界のどこかで人殺し行為が行われ、何の罪もない多くの子たちの命が奪われている。その通りだ。紙面、TV、ネットなど発達したメディア社会では、瞬時にその惨状が世界に発信され、まさにライブ感覚の「戦争」がそこにある。
だが、それは「傍観者である自分」がここに居る、ことである。その悲惨な映像を見て「自分はなにが出来るのか」であろう。戦後80年、毎年めぐる「あの日、あの時」を考え、受け止めることは、二度と…につながる継続すべき反省の刻印なのだろう。
忘れられない言葉がある。1985年から始めた本紙・戦争体験記「語り継がねば」の取材で出会った当時70代の女性。自慢の兄を戦地で亡くした。戦闘機の空中戦の最中、撃ち落され海に没した。自分が目撃したわけではないが、兄の最期をそう聞かされ、それを信じてきた。「夏の空を飛行機が飛んで行くと、空に向かって『畜生、畜生』と叫んでいた母の姿がいまも忘れられない」。心魂の言葉、それは80年を経ても変わらないだろう。
戦争反対、声高に叫ぶ声はどこまで届いているのだろう。「だが、言い続けなければ、必ずや『いつか来た道』になってしまう」。戦後生まれが人口の9割を占める今、あの刻印をどう語り継いでいけるのか、考える夏がまた来た。
「8月ジャーナリズム」は時として揶揄される言葉だが、それでも「8月」は、意識すべき「歴史の刻印」であり、いまも続く戦争への「反戦」だ。
2025年8月2日号
春の十日町市長選、市議選、先の参院選、示された「民意」はどこへ行ったのか。政局によっては年内に衆院選があるかもだ。来年の津南町長選は6月。選挙は「民主主義のコスト」だが、心身とも多大なコストをかけて民意が表出されるが、その「民意」は選挙結果と共に…では困る。選ばれた人たち、選良は選挙結果で示された民意を具現化するのが第一の責務だが、同時にその時々の検証が必要だろう。
十日町市長選。市政史上初の5期の関口芳史市長。新潟県市長会の会長に就き、今後北信越市長会のトップも回ってくるだろう。そうなると全国市長会の役職も就いてくる。5期目は「外交」が多いのか。JR東との10年契約は「事もなく」継続され、引き出した「JR東・データセンター」計画への電力供給が視野に入る。その安定電力の供給に上がる「蓄電所」構想。すでに大手企業が乗り出す蓄電所計画だ。経産省バックアップで事業化が全国で進み、その情報をいち早く察知した関口市長らしい、狼煙(のろし)上げだ。
その先に見ているのは『持続可能な自治体・十日町市づくり』なのか。人口減少と少子化で今後の自治体運営は容易ではない。財源確保をどうするか、自治体トップの多くが頭を悩ます。十日町市はJR東という「最強のパートナー」を得ている。共生策を盛り込んだ『覚書』は、弱小自治体の十日町市がJR東という国内トップ企業と「運命共同体」で歩む約束手形でもある。
一方の津南町。桑原悠町長は来年7月8日、2期の任期満了。6月の町長選に臨むが、直面するニュー・グリーンピア津南問題は、相当なる大きな課題になっている。選択の方向性とその具体化に難題が表出し始め、対応の如何によっては、さらに混乱が増す情勢だ。津南町の初心は『農を以って立町の基と為す』、その原点回帰も、選択肢の一つになってきている。
2025年8月9日号
稲が穂を出し始める出穂期で水が必要となる8月初旬~お盆期間中だが、水不足が深刻になっている…
2025年8月2日号
「8月ジャーナリズム」。戦後80年の今年、この言葉をさらに目にし、耳にするだろう。「8月15日」を意識する世代は、歳月と共に薄れてきているが、決して忘れてはならない歴史の刻印である。それをどうメディアは記録し、伝えていくのか、その時々のマスコミ人に課せられた責務でもある。
なぜ、8月になると「戦争」記事が多く出るのか…、戦争はいまも世界のどこかで人殺し行為が行われ、何の罪もない多くの子たちの命が奪われている。その通りだ。紙面、TV、ネットなど発達したメディア社会では、瞬時にその惨状が世界に発信され、まさにライブ感覚の「戦争」がそこにある。
だが、それは「傍観者である自分」がここに居る、ことである。その悲惨な映像を見て「自分はなにが出来るのか」であろう。戦後80年、毎年めぐる「あの日、あの時」を考え、受け止めることは、二度と…につながる継続すべき反省の刻印なのだろう。
忘れられない言葉がある。1985年から始めた本紙・戦争体験記「語り継がねば」の取材で出会った当時70代の女性。自慢の兄を戦地で亡くした。戦闘機の空中戦の最中、撃ち落され海に没した。自分が目撃したわけではないが、兄の最期をそう聞かされ、それを信じてきた。「夏の空を飛行機が飛んで行くと、空に向かって『畜生、畜生』と叫んでいた母の姿がいまも忘れられない」。心魂の言葉、それは80年を経ても変わらないだろう。
戦争反対、声高に叫ぶ声はどこまで届いているのだろう。「だが、言い続けなければ、必ずや『いつか来た道』になってしまう」。戦後生まれが人口の9割を占める今、あの刻印をどう語り継いでいけるのか、考える夏がまた来た。
「8月ジャーナリズム」は時として揶揄される言葉だが、それでも「8月」は、意識すべき「歴史の刻印」であり、いまも続く戦争への「反戦」だ。
2025年8月2日号