十日町市、津南町、栄村は、期せずして同じ課題に直面している。それは教育。表面的には学校再編だが、その取り組みに通底するのは、「どうする教育」だろう。国が規定する6・3・3制など教育行政、教育システムは制度疲労を見せ、その現場では現状に合わない事態が続発している。教育行政は10年後、20年後という表現を多用するが、それはその時の「ご都合」の場合が多い。ここはまさに「教育は百年の計」で、抜本改革が求められる。
人口千5百人余、年間出生数がひと桁に落ち込んでいる栄村は、2年後の実現をめざし、小中の義務教育課程を一体化する文科省認可・義務教育学校の開校をめざす。人口規模、子の推移から当然の帰結に見える。だが、これまでのプロセスには自治体の大小を超えた「熱い取り組み」がある。自主参加の子育て世代が「未来の子たちに最高の教育環境を創ろう」とワークショップを定期開催。その意見の出し合いがまもなく結実する。
津南町は保育園再編を通じ小学校再編を視野に入れる。「地元の意見が第一」と今週29日から保育園・小学校エリアを対象に住民説明会・意見交換会を開いている。年間出生数30人前後と1クラスに満たない現状から相当な改革が必要だ。義務教育学校、文科省の教育特区活用で学年を超えた教科授業の導入、特認校で町外通学の受入れなど「実践的な津南町教育」を提唱してほしい。
中学校再編で課題に直面する十日町市。自治体合併の余波が出ている。児童生徒数は年々減少、地域意識を超えた視点が求められ、それを上回る「教育の質の提唱」が求められる。県立高校との連携、専門教科教諭の相互交流、小中高の一貫教育システムなど、十日町市の規模だから出来る教育改革に果敢に挑んでほしい。
制度疲労する教育行政。その影響を受ける児童生徒、待ったなしである。
2024年8月3日号
『歳月人を待たず』。年月は人の都合など考えずに、どんどん過ぎ去ってゆく、という言葉だが、そんな簡単じゃないよ、という声も聞こえてきそうだ。
そうです、十日町市長選です。任期満了まで1年後の今春4月23日、4期在任の関口芳史市長は定例会見で翌年の市長選への思いとして言葉を重ねた。
「今はまだ、そういうことを考えるようなタイミングではないと思う」と述べ、「目の前の課題をしっかり解決するため全力を尽くしたい。どこかのタイミングで、また次のことを考えるような時期があったら、またしっかり皆様に示す」。無難な言葉を並べたが、この中でタイミングという言葉を2回使っている。便利な言葉ではあるが、「自分が決める」その時がタイミングであり、人に勧められる時もタイミングだ。そのタイミングは、すでに過ぎているのではないのか。
あれから3ヵ月、まさに歳月人を待たずだ。関口市長の都合など考えずに、時間は刻々と流れ、人の思いや思惑とは関係なしに、そのタイミングは次々と変化し、時間は過ぎ去り、そこから浮かび上がる「再出馬」という時間の流れが始まっている。
一つのシナリオがある。7月13日、大地の芸術祭が始まった。この2週間の印象は「人が来ている」。夏休みに入り、この妻有の夏は、この大地の芸術祭の夏は、人の入込みで相当に熱い夏になるだろう。平日でも街を往来する人の流れは各段に多く、このまま推移すれば過去最高の入込みが見込める。11月10日、フィナーレを迎え、その余韻が残る12月定例市議会で「出馬表明」…。これは妻有新聞のオリジナル・シナリオ。さて、関口市長のシナリオは…、そこが聞きたい。
来週は早や8月。政治の世界でよく使う「秋風が吹く頃に…」だが、十日町市の皆さんは、そこまで待ってくれるのか。今年の残暑は厳しそうだ。
2024年7月27日号
この3年間で中学卒業生が803人、さらに8年後には2885人減少する新潟県。県教委は今月初め、2024年から向こう8年間の中学卒業生数の推移を公表した。これは県立高校等再編整備計画、いわゆる3ヵ年計画だ。衝撃的な減少数だ。全県ではこの3年間で全日制学級を12学級減少の計画。全県6エリアごとに再編計画を示すが、数字以上に厳しい現実が、各エリアの地元にあることが読み取れる。
魚沼エリア(十日町市・南魚沼市・魚沼市・津南町・湯沢町)。この3年間で減少は100人余。学級減は2クラスと県教委は示している。来年2025年度は再編整備の対象高校はないが、2026年度には十日町高校に大学進学重視の「学究型コース」を設ける。ただ十高は来年2025年度に1学級減となり、その翌年2026年度から学究型コースを新設し、学級は1学年5クラスに戻る。だが次年2027年度は普通学級が1クラス減となり、全体学級は1学年4クラス編成になる。かつての8クラス編成から見ると、半減になる厳しい現実になっている。
この学究型コース。進学重視と県教委は示すが、同じエリアに県内有数の国公立大進学の実績を積む津南中等教育学校がある。県教委は3ヵ年計画では県立中高一貫校について「中等教育のあり方について検討する」と抽象的な方針を示す。先の検討段階では『県立中高一貫校の役割は終わった』と言い切ったが、津南中等の県内トップクラスの国公立大進学の現状を見れば、そう軽々に津南中等の今後には触れられないはずだ。だが、地元から、そう言わせない発信がないのはなぜか。
妻有エリア内に、高校再編への多様な声がある。だが、それは一つとして公式的な発言や示された言葉は出ていない。失礼ながら「コソコソ言ってないで、堂々と述べよ」だ。それが議論のスタートではないか。
2024年7月20日号
これも「劇場型」なのだろう。換言すれば「注目至上主義のSNSの世界観が公共空間にあふれ出てしまった選挙」。役者の言葉より、舞台のパフォーマンスぶりに目が、耳がいき、「面白そうだ」と魅かれ…投票につながった、これが都知事選から見える一つの側面だ。政を託す選択の選挙が、政治を見世物として操る術を選ぶ選挙に、これも都知事選の結果から見えてくる。
この「注目至上主義選挙」が次期衆院選にどう影響するかだ。本号オピニオン・藤ノ木信子氏が指摘する。今回の都知事選の得票モデルを次期衆院選に持ち込まれたら、選挙は「選ぶ選挙」から「パフォーマンスの良し悪し」を選ぶ、文字通りの祭になってしまう。
都知事選結果を招いたのは「有権者の劣化」、とは言い過ぎだろうか。だが、その背後には「庶民の声を拾えない政党への不信感」がある。積み重なる政治不信、言い逃れのその場しのぎが、無所属を掲げた候補を2番手に押し上げたのは事実だろう。
だが、考えたいのはその中身だ。ネット選挙を全面展開した無所属新人は、得票で2番になったが、それは「大衆迎合型の政治手法。厳しい言葉で批判し、論破する姿をSNSに晒すことで、庶民の鬱積を晴らしてくれる、と思わせる手法」だった。選ぶ選挙から「不満をぶつける」投票行動になっている現実を都知事選で見た思いだ。これも率直な投票行動であるのは事実だろう。
さらに、政党政治への辟易感が、既成政党への嫌悪感として増幅し、無所属を標榜した若い候補に集まった、端的に見る都知事選の構図だ。
今回の都知事選は今後全国である「選挙」に大きく影響するだろう。有権者の1票は大きい。だが有権者の目を引く「注目主義選挙」が横行する危惧を抱く。手段を選ばない関心集めの選挙手法、そこには「政治」がないからだ。有権者意識がさらに問われる。
2024年7月13日号
アートの力を信じたい。先駆けの大地の芸術祭は回を重ねるごとに関心を集め、いまや全国300以上の芸術祭的なアートイベントがある。その本家本元、大地の芸術祭は来週13日、第9回展の開幕だ。本紙先週号のトップ、芸術祭・総合ディレクターの北川フラム氏の言葉が、9回展までの歴史を端的に物語っている。『…バスで空気を運んでいると言われた時代から、ここまで来た…』。第1回展の2000年以降、2回、3回と重ねるまでは、作品巡りバスは「空気を運んでいる」と揶揄された。それがコロナ禍の厳しい時期を経験しつつも、大地の芸術祭は世界ブランドに育ち、開幕の9回展では外国から多くの来訪者が、ここ妻有をめざすだろう。「アートの力」を感じる。
注目はロシア侵攻が続くウクライナの作家たちの出展だろう。アートの力は、「過疎と過密」、「都市と山間地」のキーワードから、2000年の第1回展から変わらない理念『人間は自然に内包される』が、いま世界で起こる紛争につながり、そこには「平和」への強いメッセージが込められ、越後妻有から世界に向けて、さらに強く打ち出される9回展になるだろう。
87日間の大地の芸術祭。アーティスト275組は41の国と地域から妻有で作品展開する。野外アート、空き家や閉校舎活用のアートなど、その作品が発するメッセージを、目で、耳で、皮膚で、嗅覚で、心で、まさに5感で体感してほしい。その地に居る自分と、その地に存在する作品、この関係性こそ越後妻有からのメッセージだろう。
「ここはどこ、私はだれ、どこから来て、どこへ行くのか…」、その先の視野にウクライナがあり、ガザがあり、アフリカがある。
来訪者数が芸術祭の成否になる時代ではない、と考える。最終日11月10日、ここ越後妻有から世界に向け、どんなメッセージが発せられるのか。
2024年7月6日号
観光産業のポイントの一つは「宿」だろう。先の十日町市議会一般質問で観光客入込数が公表された。2022年282万人余、昨年2023年は246万人。一方、宿泊数は公表の2022年は21万人という。観光来訪者の宿泊は1割余りだ。地域に宿泊受入れキャパが少ない実態が分かる。一方、津南町の2023年は観光来訪者39万人余、うち宿泊数は未公表だが、宿泊拠点のニュー・グリーンピア津南は5万4千人余と先週の株主総会で公表された。この津南町の観光拠点が来年9月末、現経営者との10年間の業務委託契約が満了になる。どうする津南町、である。
「まだまだ、やれることがある。ようやくコロナ前に戻りつつあるが、新たな取り組みが求められている」。この観光拠点は津南町が所有し、地元関係者などの共同出資の現地法人・津南高原開発が経営する。いわゆる「公設民営」。ファミリー層の利用はようやくコロナ前の状態に少しずつ回復しつつあるというが、「新たな取り組み、誘客戦略が必要」という。自立を選択した津南町、その町所有の観光拠点施設は、いわば津南町の「営業戦略拠点」でもある。外部への「町としての営業」が手薄ではないか。
インバウンドを取り組むなら25年前に友好交流締結している韓国・ヨジョ市との関係性の密度を濃くする戦略が必要だ。『頼もしき応援団・日本食研』との連携もさらに太くできる。特に日本食研・大沢一彦会長は東京農大の名誉教授。農業立町の津南町にとって、東京農大との連携は大きな意義がある。大沢会長の存在は津南町にとって重要な意味を持つ。東京・世田谷区の保坂区長は津南町と縁深い。祖父が町内大井平出身となれば、世田谷区との関係性、さらに連携事業が見えてくる。
可能性の要素はある。どう動くか、動く気があるのか、ここだろう。
2024年6月29日号
雰囲気で考えるなら、これは「続投」だろう。事実の積み重ねが基本の基本の新聞だ。雰囲気などという曖昧な根拠はそぐわないが、公の場での発言を求める関口市長の立ち位置から見ると、来春の改選期への姿勢は、すでに固まっている、そういう印象だ。
6月市議会では「多選」への疑問符が投げかけられた。想定内の質問だったろう。いや、公式の場を意識する関口市長にとって、その場を提供してくれたことは意味あることで、多選批判への言葉は、常に考えているであろう言葉がそのまま出た印象だ。
多選の弊害は、そのトップより、トップを取り巻く人による部分が多い。それを利害関係者と呼ぶ。1期でも2期でも、その種の人が回りを囲めば、常に弊害は付いて回るのが現実だ。
新聞人は、とかく批判的な視点で物事を見る。ある種の性だろう。換言すれば「問題意識」となる。改選期を迎えるトップを見る時、プラス材料より、マイナス要素を見る。実績を披歴したいトップはいる。関口市長の場合、それは周りが流布する役目を担い、当事者の口から率先して出ることは稀だ。
この4期目の3年間、いや4期16年を見る時、マイナス材料は何かである。すでに来春の市長選に出馬表明している新人は「十日町市は何も良くなっていない。それは何も出来ないから」と厳しく指摘する。だが、一般市民が見る目の価値観はどうだろうか。それは現職が「5期出馬」を表明した時、その評価が表出してくる。
5期ならば20年である。オギャーと生まれた人が二十歳になる歳月だ。今度の市長選、選挙戦は確実だが「第三の候補」は出るのか。選挙は住民を成長させるという。今の路線継続か、大改革か、あるいは新・十日町市か。選択肢の幅広さは、価値観の多様性であり、それは時代が求めるあらゆる分野の多様性でもある。
2024年6月22日号
どうする? この疑問符の行き先は津南町のニュー・グリーンピア津南(ニューGP津南)だ。業務委託の契約が来年2025年9月30日で満了する。この話題は昨年秋から巷間で交わされたが、公式の場にやっと登場した。12日開会の津南町議会6月定例議会、初日からの一般質問の場だ。江村大輔氏は2年前の桑原悠町長答弁を引き合いに、契約満了を向かえる1年3ヵ月前の現状を踏まえ、津南町観光の拠点であるニューGP津南の今後の在り方を迫った。注目は契約満了後の経営形態と、津南町所有を継続するのか、この論点だ。
所有形態の在り方、どんな選択肢があるかを問われ、桑原町長は「二つある」と示した。『町所有を続けるか』『法人が買うか』。さらに『その場合、資産評価、資産価値などによる評価額を見定める必要があり、さらに評価額での売却に必ずしもならない場合があり、現状では考えなければならない事が多く、軽々に答えられない』。2つの選択肢だけなのか、ここに町長・町行政の視点を感じる。一方、江村氏は「4つの選択肢がある」と持論。それは「現状の維持」「プロに経営を任せ収入を得る形」「指定管理」「売却」。10年の業務委託契約が満了する1年3ヵ月前なら、すでに机上では「その後」を検討しているはずだ。「軽々に言えない」ということは、具体的な協議が進んでいる証左でもあると言える。今月21日がニューGP津南を経営する株式会社津南高原開発の第20期株主総会だ。コロナ禍前の2019年度決算では売上11億円を超えていたが、以降、苦戦を強いられている。
契約期間満了は大きな節目だ。ここは所有する津南町の指導力が試される時だ。まさに「どうする」に応える時だ。379㌶余の広大な土地は、それだけで大きな魅力。「軽々に」売却はあり得ない選択だ。さて、どうする。
2024年6月15日号
「地域おこし協力隊」。国が事業化している人材に対する補助事業で、成果を上げている成功事業は少ない。だが、唯一と言っていいほど、この地域おこし協力隊事業は2009年のスタートから年ごとに全国に広がっている。2024年3月末で7200人が全国の市町村や団体で活動し、成功している人材補助事業になっている。
任期後の定住率は全国平均65%で、十日町市は7割を超えている。総務省の発表データには興味深い数値がある。退任後、地域の酒蔵や宿泊施設の跡取りに入った事業継承者が過去5年間で56人いる。さらに全国にその存在が知られているのが協力隊退任後、村長に就いた藤城栄文・長野県南箕輪村長。地域おこし協力隊退任者では初の自治体トップという。
藤城氏はなぜ赴任した自治体の村長をめざしたのか。人口1万6千人余の南箕輪村。最近のデータではなんと転入者が村民の7割を超えているという。藤城氏は協力隊退任後、村議選に出て議席を得る。妻の出身地が南箕輪村だった縁があるとはいえ、協力隊活動の延長線上に行政・政治をめざすのは、相当ハードルが高い。だが、村議在職3年目にあった村長選に出た。新人同士の一騎打ちを制し村長に就いた。移住者が動き、新たな村政の誕生を後押しした形だ。その背景には15歳~49歳の女性人口が増えており、子育て重視を掲げた政策が受け入れられ44歳の藤城村長を誕生させた。来年、村制150周年を迎える村だ。
様々なバックボーンを持つ協力隊という人材。在職中は特別公務員だ。だからと言って行政に口出し出来ないわけではないだろう。協力隊は様々な価値観を持ち、地域を見ている。その視点こそ、これからの地域づくりの新たな視点になるはず。遠慮はいらない。もっと果敢に発言、発信してはどうか。その声を、意見を聞きたい。
2024年6月8日号
再生可能エネルギーの分野は広い。太陽光・風力・地熱・有機質バイオマス、さらに自然の力を活用の再エネは多分野ある。だが、安定性から再注目は「水力発電」。昭和初期、国家事業で全国の河川で発電事業に取り組み、電力会社再編で関東エリアの東京電力はじめ、東北電力、北海道電力など全国をエリア分けした電力会社が誕生、今に至る。余談だが、東京電力だけが特定地名の社名だ。財閥のドンの一声で決まったという。「将来日本の中心は東京になる。世界に向けて日本の代表は東京。だから東京電力」なのだそうだ。
水力発電は、ここ妻有地域にとって「共存共栄」の関係だ。発電事業者はこの国を代表する企業の東京電力・東北電力・JR東日本だ。さらに注目は、妻有の地は信濃川が創り出した日本有数の河岸段丘の地。つまり水力発電に欠かせない落差を自然が創り出し、その段丘ごとに小河川が流れている。これは「水力発電をしなさい」と天の声が言っているような地形だ。
津南町は民間企業と組み、この段丘地を活用した小水力発電を新たに2基設ける。その発電は「地産地消」を名目に売電する。いまの東北電力より安価で提供できるかどうか、それが課題だが取組みの可能性は広がる。それはこの河岸段丘の地形が物語っている。
その課題になるのが「水利権」の存在。今回は農業用水を活用した小水力発電だが、さらにスケールアップするには水利権が大きな課題になる。だが、様々な分野で規制緩和が進むなかで見えてくる分野がある。それは「雪」。水の前の姿である。雪が融けて水になり、流れて川になり、その水の流れがエネルギーを生む。ならば、この有り余る「雪」の権利主張をしてはどうか。
山に降る雪、段丘地が蓄える雪、すべて水エネルギーの源である。「この雪は我が自治体の雪です」、そんな主張をしても、もういい時代ではないか。
2024年6月1日号
十日町市、津南町、栄村は、期せずして同じ課題に直面している。それは教育。表面的には学校再編だが、その取り組みに通底するのは、「どうする教育」だろう。国が規定する6・3・3制など教育行政、教育システムは制度疲労を見せ、その現場では現状に合わない事態が続発している。教育行政は10年後、20年後という表現を多用するが、それはその時の「ご都合」の場合が多い。ここはまさに「教育は百年の計」で、抜本改革が求められる。
人口千5百人余、年間出生数がひと桁に落ち込んでいる栄村は、2年後の実現をめざし、小中の義務教育課程を一体化する文科省認可・義務教育学校の開校をめざす。人口規模、子の推移から当然の帰結に見える。だが、これまでのプロセスには自治体の大小を超えた「熱い取り組み」がある。自主参加の子育て世代が「未来の子たちに最高の教育環境を創ろう」とワークショップを定期開催。その意見の出し合いがまもなく結実する。
津南町は保育園再編を通じ小学校再編を視野に入れる。「地元の意見が第一」と今週29日から保育園・小学校エリアを対象に住民説明会・意見交換会を開いている。年間出生数30人前後と1クラスに満たない現状から相当な改革が必要だ。義務教育学校、文科省の教育特区活用で学年を超えた教科授業の導入、特認校で町外通学の受入れなど「実践的な津南町教育」を提唱してほしい。
中学校再編で課題に直面する十日町市。自治体合併の余波が出ている。児童生徒数は年々減少、地域意識を超えた視点が求められ、それを上回る「教育の質の提唱」が求められる。県立高校との連携、専門教科教諭の相互交流、小中高の一貫教育システムなど、十日町市の規模だから出来る教育改革に果敢に挑んでほしい。
制度疲労する教育行政。その影響を受ける児童生徒、待ったなしである。
2024年8月3日号
『歳月人を待たず』。年月は人の都合など考えずに、どんどん過ぎ去ってゆく、という言葉だが、そんな簡単じゃないよ、という声も聞こえてきそうだ。
そうです、十日町市長選です。任期満了まで1年後の今春4月23日、4期在任の関口芳史市長は定例会見で翌年の市長選への思いとして言葉を重ねた。
「今はまだ、そういうことを考えるようなタイミングではないと思う」と述べ、「目の前の課題をしっかり解決するため全力を尽くしたい。どこかのタイミングで、また次のことを考えるような時期があったら、またしっかり皆様に示す」。無難な言葉を並べたが、この中でタイミングという言葉を2回使っている。便利な言葉ではあるが、「自分が決める」その時がタイミングであり、人に勧められる時もタイミングだ。そのタイミングは、すでに過ぎているのではないのか。
あれから3ヵ月、まさに歳月人を待たずだ。関口市長の都合など考えずに、時間は刻々と流れ、人の思いや思惑とは関係なしに、そのタイミングは次々と変化し、時間は過ぎ去り、そこから浮かび上がる「再出馬」という時間の流れが始まっている。
一つのシナリオがある。7月13日、大地の芸術祭が始まった。この2週間の印象は「人が来ている」。夏休みに入り、この妻有の夏は、この大地の芸術祭の夏は、人の入込みで相当に熱い夏になるだろう。平日でも街を往来する人の流れは各段に多く、このまま推移すれば過去最高の入込みが見込める。11月10日、フィナーレを迎え、その余韻が残る12月定例市議会で「出馬表明」…。これは妻有新聞のオリジナル・シナリオ。さて、関口市長のシナリオは…、そこが聞きたい。
来週は早や8月。政治の世界でよく使う「秋風が吹く頃に…」だが、十日町市の皆さんは、そこまで待ってくれるのか。今年の残暑は厳しそうだ。
2024年7月27日号
この3年間で中学卒業生が803人、さらに8年後には2885人減少する新潟県。県教委は今月初め、2024年から向こう8年間の中学卒業生数の推移を公表した。これは県立高校等再編整備計画、いわゆる3ヵ年計画だ。衝撃的な減少数だ。全県ではこの3年間で全日制学級を12学級減少の計画。全県6エリアごとに再編計画を示すが、数字以上に厳しい現実が、各エリアの地元にあることが読み取れる。
魚沼エリア(十日町市・南魚沼市・魚沼市・津南町・湯沢町)。この3年間で減少は100人余。学級減は2クラスと県教委は示している。来年2025年度は再編整備の対象高校はないが、2026年度には十日町高校に大学進学重視の「学究型コース」を設ける。ただ十高は来年2025年度に1学級減となり、その翌年2026年度から学究型コースを新設し、学級は1学年5クラスに戻る。だが次年2027年度は普通学級が1クラス減となり、全体学級は1学年4クラス編成になる。かつての8クラス編成から見ると、半減になる厳しい現実になっている。
この学究型コース。進学重視と県教委は示すが、同じエリアに県内有数の国公立大進学の実績を積む津南中等教育学校がある。県教委は3ヵ年計画では県立中高一貫校について「中等教育のあり方について検討する」と抽象的な方針を示す。先の検討段階では『県立中高一貫校の役割は終わった』と言い切ったが、津南中等の県内トップクラスの国公立大進学の現状を見れば、そう軽々に津南中等の今後には触れられないはずだ。だが、地元から、そう言わせない発信がないのはなぜか。
妻有エリア内に、高校再編への多様な声がある。だが、それは一つとして公式的な発言や示された言葉は出ていない。失礼ながら「コソコソ言ってないで、堂々と述べよ」だ。それが議論のスタートではないか。
2024年7月20日号
これも「劇場型」なのだろう。換言すれば「注目至上主義のSNSの世界観が公共空間にあふれ出てしまった選挙」。役者の言葉より、舞台のパフォーマンスぶりに目が、耳がいき、「面白そうだ」と魅かれ…投票につながった、これが都知事選から見える一つの側面だ。政を託す選択の選挙が、政治を見世物として操る術を選ぶ選挙に、これも都知事選の結果から見えてくる。
この「注目至上主義選挙」が次期衆院選にどう影響するかだ。本号オピニオン・藤ノ木信子氏が指摘する。今回の都知事選の得票モデルを次期衆院選に持ち込まれたら、選挙は「選ぶ選挙」から「パフォーマンスの良し悪し」を選ぶ、文字通りの祭になってしまう。
都知事選結果を招いたのは「有権者の劣化」、とは言い過ぎだろうか。だが、その背後には「庶民の声を拾えない政党への不信感」がある。積み重なる政治不信、言い逃れのその場しのぎが、無所属を掲げた候補を2番手に押し上げたのは事実だろう。
だが、考えたいのはその中身だ。ネット選挙を全面展開した無所属新人は、得票で2番になったが、それは「大衆迎合型の政治手法。厳しい言葉で批判し、論破する姿をSNSに晒すことで、庶民の鬱積を晴らしてくれる、と思わせる手法」だった。選ぶ選挙から「不満をぶつける」投票行動になっている現実を都知事選で見た思いだ。これも率直な投票行動であるのは事実だろう。
さらに、政党政治への辟易感が、既成政党への嫌悪感として増幅し、無所属を標榜した若い候補に集まった、端的に見る都知事選の構図だ。
今回の都知事選は今後全国である「選挙」に大きく影響するだろう。有権者の1票は大きい。だが有権者の目を引く「注目主義選挙」が横行する危惧を抱く。手段を選ばない関心集めの選挙手法、そこには「政治」がないからだ。有権者意識がさらに問われる。
2024年7月13日号
アートの力を信じたい。先駆けの大地の芸術祭は回を重ねるごとに関心を集め、いまや全国300以上の芸術祭的なアートイベントがある。その本家本元、大地の芸術祭は来週13日、第9回展の開幕だ。本紙先週号のトップ、芸術祭・総合ディレクターの北川フラム氏の言葉が、9回展までの歴史を端的に物語っている。『…バスで空気を運んでいると言われた時代から、ここまで来た…』。第1回展の2000年以降、2回、3回と重ねるまでは、作品巡りバスは「空気を運んでいる」と揶揄された。それがコロナ禍の厳しい時期を経験しつつも、大地の芸術祭は世界ブランドに育ち、開幕の9回展では外国から多くの来訪者が、ここ妻有をめざすだろう。「アートの力」を感じる。
注目はロシア侵攻が続くウクライナの作家たちの出展だろう。アートの力は、「過疎と過密」、「都市と山間地」のキーワードから、2000年の第1回展から変わらない理念『人間は自然に内包される』が、いま世界で起こる紛争につながり、そこには「平和」への強いメッセージが込められ、越後妻有から世界に向けて、さらに強く打ち出される9回展になるだろう。
87日間の大地の芸術祭。アーティスト275組は41の国と地域から妻有で作品展開する。野外アート、空き家や閉校舎活用のアートなど、その作品が発するメッセージを、目で、耳で、皮膚で、嗅覚で、心で、まさに5感で体感してほしい。その地に居る自分と、その地に存在する作品、この関係性こそ越後妻有からのメッセージだろう。
「ここはどこ、私はだれ、どこから来て、どこへ行くのか…」、その先の視野にウクライナがあり、ガザがあり、アフリカがある。
来訪者数が芸術祭の成否になる時代ではない、と考える。最終日11月10日、ここ越後妻有から世界に向け、どんなメッセージが発せられるのか。
2024年7月6日号
観光産業のポイントの一つは「宿」だろう。先の十日町市議会一般質問で観光客入込数が公表された。2022年282万人余、昨年2023年は246万人。一方、宿泊数は公表の2022年は21万人という。観光来訪者の宿泊は1割余りだ。地域に宿泊受入れキャパが少ない実態が分かる。一方、津南町の2023年は観光来訪者39万人余、うち宿泊数は未公表だが、宿泊拠点のニュー・グリーンピア津南は5万4千人余と先週の株主総会で公表された。この津南町の観光拠点が来年9月末、現経営者との10年間の業務委託契約が満了になる。どうする津南町、である。
「まだまだ、やれることがある。ようやくコロナ前に戻りつつあるが、新たな取り組みが求められている」。この観光拠点は津南町が所有し、地元関係者などの共同出資の現地法人・津南高原開発が経営する。いわゆる「公設民営」。ファミリー層の利用はようやくコロナ前の状態に少しずつ回復しつつあるというが、「新たな取り組み、誘客戦略が必要」という。自立を選択した津南町、その町所有の観光拠点施設は、いわば津南町の「営業戦略拠点」でもある。外部への「町としての営業」が手薄ではないか。
インバウンドを取り組むなら25年前に友好交流締結している韓国・ヨジョ市との関係性の密度を濃くする戦略が必要だ。『頼もしき応援団・日本食研』との連携もさらに太くできる。特に日本食研・大沢一彦会長は東京農大の名誉教授。農業立町の津南町にとって、東京農大との連携は大きな意義がある。大沢会長の存在は津南町にとって重要な意味を持つ。東京・世田谷区の保坂区長は津南町と縁深い。祖父が町内大井平出身となれば、世田谷区との関係性、さらに連携事業が見えてくる。
可能性の要素はある。どう動くか、動く気があるのか、ここだろう。
2024年6月29日号
雰囲気で考えるなら、これは「続投」だろう。事実の積み重ねが基本の基本の新聞だ。雰囲気などという曖昧な根拠はそぐわないが、公の場での発言を求める関口市長の立ち位置から見ると、来春の改選期への姿勢は、すでに固まっている、そういう印象だ。
6月市議会では「多選」への疑問符が投げかけられた。想定内の質問だったろう。いや、公式の場を意識する関口市長にとって、その場を提供してくれたことは意味あることで、多選批判への言葉は、常に考えているであろう言葉がそのまま出た印象だ。
多選の弊害は、そのトップより、トップを取り巻く人による部分が多い。それを利害関係者と呼ぶ。1期でも2期でも、その種の人が回りを囲めば、常に弊害は付いて回るのが現実だ。
新聞人は、とかく批判的な視点で物事を見る。ある種の性だろう。換言すれば「問題意識」となる。改選期を迎えるトップを見る時、プラス材料より、マイナス要素を見る。実績を披歴したいトップはいる。関口市長の場合、それは周りが流布する役目を担い、当事者の口から率先して出ることは稀だ。
この4期目の3年間、いや4期16年を見る時、マイナス材料は何かである。すでに来春の市長選に出馬表明している新人は「十日町市は何も良くなっていない。それは何も出来ないから」と厳しく指摘する。だが、一般市民が見る目の価値観はどうだろうか。それは現職が「5期出馬」を表明した時、その評価が表出してくる。
5期ならば20年である。オギャーと生まれた人が二十歳になる歳月だ。今度の市長選、選挙戦は確実だが「第三の候補」は出るのか。選挙は住民を成長させるという。今の路線継続か、大改革か、あるいは新・十日町市か。選択肢の幅広さは、価値観の多様性であり、それは時代が求めるあらゆる分野の多様性でもある。
2024年6月22日号
どうする? この疑問符の行き先は津南町のニュー・グリーンピア津南(ニューGP津南)だ。業務委託の契約が来年2025年9月30日で満了する。この話題は昨年秋から巷間で交わされたが、公式の場にやっと登場した。12日開会の津南町議会6月定例議会、初日からの一般質問の場だ。江村大輔氏は2年前の桑原悠町長答弁を引き合いに、契約満了を向かえる1年3ヵ月前の現状を踏まえ、津南町観光の拠点であるニューGP津南の今後の在り方を迫った。注目は契約満了後の経営形態と、津南町所有を継続するのか、この論点だ。
所有形態の在り方、どんな選択肢があるかを問われ、桑原町長は「二つある」と示した。『町所有を続けるか』『法人が買うか』。さらに『その場合、資産評価、資産価値などによる評価額を見定める必要があり、さらに評価額での売却に必ずしもならない場合があり、現状では考えなければならない事が多く、軽々に答えられない』。2つの選択肢だけなのか、ここに町長・町行政の視点を感じる。一方、江村氏は「4つの選択肢がある」と持論。それは「現状の維持」「プロに経営を任せ収入を得る形」「指定管理」「売却」。10年の業務委託契約が満了する1年3ヵ月前なら、すでに机上では「その後」を検討しているはずだ。「軽々に言えない」ということは、具体的な協議が進んでいる証左でもあると言える。今月21日がニューGP津南を経営する株式会社津南高原開発の第20期株主総会だ。コロナ禍前の2019年度決算では売上11億円を超えていたが、以降、苦戦を強いられている。
契約期間満了は大きな節目だ。ここは所有する津南町の指導力が試される時だ。まさに「どうする」に応える時だ。379㌶余の広大な土地は、それだけで大きな魅力。「軽々に」売却はあり得ない選択だ。さて、どうする。
2024年6月15日号
「地域おこし協力隊」。国が事業化している人材に対する補助事業で、成果を上げている成功事業は少ない。だが、唯一と言っていいほど、この地域おこし協力隊事業は2009年のスタートから年ごとに全国に広がっている。2024年3月末で7200人が全国の市町村や団体で活動し、成功している人材補助事業になっている。
任期後の定住率は全国平均65%で、十日町市は7割を超えている。総務省の発表データには興味深い数値がある。退任後、地域の酒蔵や宿泊施設の跡取りに入った事業継承者が過去5年間で56人いる。さらに全国にその存在が知られているのが協力隊退任後、村長に就いた藤城栄文・長野県南箕輪村長。地域おこし協力隊退任者では初の自治体トップという。
藤城氏はなぜ赴任した自治体の村長をめざしたのか。人口1万6千人余の南箕輪村。最近のデータではなんと転入者が村民の7割を超えているという。藤城氏は協力隊退任後、村議選に出て議席を得る。妻の出身地が南箕輪村だった縁があるとはいえ、協力隊活動の延長線上に行政・政治をめざすのは、相当ハードルが高い。だが、村議在職3年目にあった村長選に出た。新人同士の一騎打ちを制し村長に就いた。移住者が動き、新たな村政の誕生を後押しした形だ。その背景には15歳~49歳の女性人口が増えており、子育て重視を掲げた政策が受け入れられ44歳の藤城村長を誕生させた。来年、村制150周年を迎える村だ。
様々なバックボーンを持つ協力隊という人材。在職中は特別公務員だ。だからと言って行政に口出し出来ないわけではないだろう。協力隊は様々な価値観を持ち、地域を見ている。その視点こそ、これからの地域づくりの新たな視点になるはず。遠慮はいらない。もっと果敢に発言、発信してはどうか。その声を、意見を聞きたい。
2024年6月8日号
再生可能エネルギーの分野は広い。太陽光・風力・地熱・有機質バイオマス、さらに自然の力を活用の再エネは多分野ある。だが、安定性から再注目は「水力発電」。昭和初期、国家事業で全国の河川で発電事業に取り組み、電力会社再編で関東エリアの東京電力はじめ、東北電力、北海道電力など全国をエリア分けした電力会社が誕生、今に至る。余談だが、東京電力だけが特定地名の社名だ。財閥のドンの一声で決まったという。「将来日本の中心は東京になる。世界に向けて日本の代表は東京。だから東京電力」なのだそうだ。
水力発電は、ここ妻有地域にとって「共存共栄」の関係だ。発電事業者はこの国を代表する企業の東京電力・東北電力・JR東日本だ。さらに注目は、妻有の地は信濃川が創り出した日本有数の河岸段丘の地。つまり水力発電に欠かせない落差を自然が創り出し、その段丘ごとに小河川が流れている。これは「水力発電をしなさい」と天の声が言っているような地形だ。
津南町は民間企業と組み、この段丘地を活用した小水力発電を新たに2基設ける。その発電は「地産地消」を名目に売電する。いまの東北電力より安価で提供できるかどうか、それが課題だが取組みの可能性は広がる。それはこの河岸段丘の地形が物語っている。
その課題になるのが「水利権」の存在。今回は農業用水を活用した小水力発電だが、さらにスケールアップするには水利権が大きな課題になる。だが、様々な分野で規制緩和が進むなかで見えてくる分野がある。それは「雪」。水の前の姿である。雪が融けて水になり、流れて川になり、その水の流れがエネルギーを生む。ならば、この有り余る「雪」の権利主張をしてはどうか。
山に降る雪、段丘地が蓄える雪、すべて水エネルギーの源である。「この雪は我が自治体の雪です」、そんな主張をしても、もういい時代ではないか。
2024年6月1日号