『この自然、この民度、すごいね』

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河中 登さん(1956年生まれ)

 小高いブナ林から家を訪ねたようにカモシカの足跡が続く。14年ほど家主がいない空き家を十日町市西方(さいほう)に求めて4年。兵庫西宮時代に描いた「北国・雪国くらし」が実現。「このロケーション、風土、民度がいいですね。特に人がいい」。前住人は気象や雪氷の研究者で、こだわりの家を感じさせる造りだ。さらに手を加え、お気に入り空間に仕上げた。
 40年余り大手ドラッグストアに勤務。管理職時代に「北国、雪国に住みたい」と北海道から探し始めた。「関西人にとっては、青森より北海道よりイメージ的に遠い越後・新潟。そこに雪の魅力が加わった」。角部屋の両ガラス窓からブナ林越しに遠方の山並みが見え、突き出しの居間テラス前は雪原。カモシカやキツネの足跡が点々と絵を描く。
 天井まで吹き抜けの居間に響くJAZZ。「物心ついた時からJAZZだった。獣医の親父がずっと聞いていたから、中学高校で日野皓正やコルトレーンなどを聞き、以来ずっと聞いているが、クラシックにもはまってしまった」。名機のターンテーブル、アンプ、スピーカー、さらにレコード、CD数百枚は兵庫から運び、吹き抜け空間は最高の音響を創り出す。
 西宮時代から続けるモノづくり。建築用材や厚いアクリルなど使い「思いついたまま創る。やるぞーと向かうより、ふとした時にイメージがわくね」。藝大に進んだ娘から『オリジナルなブランドを作ったら』と言われ、使いたかった「空」を入れ『我空(がくう)』に。
 オリジナ
ル創作品を展示販売するギャラリー&カフェ『設亮庵(せつりょうあん)』も西宮時代から。「ここの環境が良すぎて、イメージが湧かなくなっているので、ちょっと自分を痛めつけないと…」。それほど居心地が良い西方だ。
 この地の人たちの「人の良さ」を考えた。「この民度は、縄文人から来ているんじゃないかな。中世以降も農耕を通じてモノゴトをきちっとする勤勉さが根付いているのではと思う。十日町は着物産業で、外からの人を受け入れる素地ができており、それが大地の芸術祭に訪れる人たちを、すんなり受け入れる民度ができて、心地よい感じを出しているんじゃないかな」。
 「それに雪が大手資本を、結果的に入れなかったことも大きい。大手企業は豪雪地には参入しない。それが今のこの地域の良さを出している。人気の清津峡はあれだけ人が入っているので、大手資本が入ってもおかしくないが、大手が入ったらあの雰囲気は壊れてしまうだろうね」。
 地元の西方の米のうまさを実感している。「ここの米はうまいよ。作る人の人柄が出ているね」。美味い清水(しみず)が米を育てている。
◆バトンタッチします。
 「河田千穂さん」